スライド条項|行政書士村上事務所

スライド条項 ── 資材や労務単価が上がったとき、請負代金をどう変えるか

資材が上がった、労務単価が上がった。それを請負代金に反映する仕組みは、契約書のなかにもともと入っています。公共工事標準請負契約約款の第26条、いわゆるスライド条項です。使われていない理由は、制度がないからではありません。受注者が請求しないと動かない仕組みだからです。

民間工事での価格転嫁については改正建設業法「見積内訳明示」の実務で扱っています。この記事は公共工事の請負代金の変更に絞ったものです。

第一章スライドは三つある

ひとまとめに「スライド」と呼ばれますが、中身は三つに分かれています。動いたものが違えば、使う条項も要件も違います。

図 三つのスライド条項三つのスライドは別のもの全体スライド約款26条 1〜4項単品スライド約款26条 5項インフレスライド約款26条 6項何が動いたとき賃金・物価の全体特定の資材の価格賃金水準の改定工期の要件12か月を超える工事残工期2か月以上残工期2か月以上請求できるのは契約から12か月経過後残工期2か月以上のあいだ賃金水準の変更後受注者の負担変動前残工事代金の1.5%請負代金の1%残工事費の1.0%どれも、受注者が請求しなければ動きません

公共工事標準請負契約約款(令和7年12月2日改正、令和7年12月12日施行)第26条にもとづく整理です。運用マニュアルの表題は旧条番号(第25条)のままですが、約款本体は令和2年4月から第26条です。発注者によって条番号や運用が異なることがあります。要件・様式・提出先は、その工事の契約書と発注者のマニュアルでご確認ください。

いちばん誤解が多いのは、全体スライドの「12か月」です。これは工期が12か月を超える工事が対象で、しかも契約から12か月経った後でなければ請求できません。半年の工事で資材が上がっても、全体スライドは使えません。そのときに見るのが単品スライドです。

ここは約款とマニュアルで言い方が違うので、両方を覚えておくと迷いません。約款第26条第1項は「工期内で請負契約締結の日から十二月を経過した後に」請求できると書いています。工期の長さそのものを条件にしているのではなく、請求できる時期を定めています。その結果として、工期が12か月を超えない工事では請求の機会が来ないため、運用マニュアルは適用対象を「工期が12か月を超える工事」と整理しています。

もうひとつ、実務でよく取り違えるのが1.5%の分母です。請負代金額ではありません。約款第26条第2項は「変動前残工事代金額の千分の十五を超える額」としています。工事が進んでいるほど残工事代金額は小さくなるので、分母も小さくなります。「1.5%も動いていないから無理だろう」と自分で判断する前に、残工事代金額で計算し直してみてください。

そして、全体スライドは一度きりではありません。第26条第4項により、直前の変更の基準とした日からさらに12か月を経過すれば、あらためて請求できます。長い工事では、12か月ごとに請求の機会が来ると考えてください。

第二章単品スライド ── 資材が上がったとき

特定の資材の価格が上がった場合に使うのが単品スライドです。対象品目は運用マニュアル上、鋼材類、燃料油、その他の主要な工事材料とされています。もともとは鋼材類と燃料油に限られていましたが、令和4年6月の運用改定で「その他の主要な工事材料」が加わりました。そのうえで、実際に請求できるのは品目ごとの変動額が請負代金額の1%を超える品目に限られます。裏を返せば、請負代金額の1%までは受注者の負担です。

令和4年6月の運用改定で、実務が使いやすくなりました。実際の購入金額が適当であることを証明できれば、発注者の積算より高い実購入金額でスライド額を算出できます。購入金額を開示できない事情があるときは、搬入の月日と数量の証明書類で対応できるとされています。

つまり、納品書と請求書を品目ごとに整理して残しているかどうかが、そのまま請求できる額を決めます。値上がりを実感してから書類を探す会社と、最初から品目別に積んでいる会社とで差が出ます。

いま上がっている資材は、単品スライドに乗るか

令和8年に入ってから上がっているのは、塗料・シンナー・仕上げ材、断熱材・防水材、EPSといった石油化学系です。日本銀行の企業物価指数でも、化学製品が前年比+12.9%、石油・石炭製品が+17.5%と大きく動く一方、鉄鋼は+1.7%にとどまっています(2026年7月速報)。

つまり、いま効いているのは単品スライドがもともと想定していた鋼材類・燃料油ではありません。「その他の主要な工事材料」として扱えるかどうかが分かれ目になります。その工事に主に使われる材料であること、品目ごとの変動額が請負代金額の1%を超えることを、購入実績で示せるかどうか。ここは発注者との協議が要るので、早めに動いたほうがいい局面です。資材ごとの上げ幅は資材の高騰と納期の遅れにまとめています。

第三章インフレスライド ── 労務単価が上がったとき

設計労務単価が改定されると、手持ちの工事の人件費が上がります。これに対応するのがインフレスライドです。要件は、基準日以降の残工期が2か月以上あること、そして残工事費の1.0%を超える額であることです。

図 請求してから変更契約までインフレスライドの手続き1請求受注者が書面で2協議開始日の通知請求日から7日以内3基準日を決める請求日が基本4出来高の確認請求日から14日以内5スライド額の確定協議で決める6変更契約精算のときさかのぼっての適用はありません基準日は請求した日が基本です。気づくのが遅れたぶんは、そのまま取り戻せません。

国土交通省「工事請負契約書第25条第6項(インフレスライド条項)運用マニュアル」(平成26年1月・暫定版)による流れです。表題は旧条番号ですが、現行約款では第26条第6項にあたります。残工期が2か月を切ると請求できません。新しい労務単価が公表されたら、手持ち工事の残工期を先に数えてください。

ここで押さえておくことが二つあります。ひとつは基準日が請求した日を基本とすること。もうひとつはさかのぼって適用されないことです。単価が改定された日ではなく、請求した日から先の残工事が対象になります。

労務単価の改定は例年3月に公表され、その後に適用されます。公表を見たら、その日のうちに手持ち工事の残工期を数えてください。残り2か月を切っている工事は、もう請求できません。

第四章請求しない会社が多いのはなぜか

制度があるのに使われない理由は、だいたい次のどれかです。

  • 発注者から言ってくれると思っている ── どの条項も、受注者の請求が起点です。発注者から声はかかりません
  • 関係が悪くなると思っている ── 約款に書かれた手続きです。運用マニュアルも公表されています。加えて令和7年12月2日の約款改正で、協議が調わなかったことなどを理由に受注者を不利に取り扱ってはならない旨の定めが第26条に入りました
  • 書類がそろわない ── 品目別の購入実績や出来高の資料が要ります。ここが実質的な壁です
  • 気づいたときには残工期が足りない ── 2か月の要件を切ってから相談に来られることが少なくありません

四つ目がいちばん多く、そしていちばんもったいない理由です。制度を知らなかったのではなく、日程を数えていなかっただけという場合が多くあります。

第五章つまずきの記録

残工期が2か月を切ってから気づいた

単品スライドもインフレスライドも、請求の時点で残工期が2か月以上あることが要件です。工期の終盤で資材の請求書を見比べても間に合いません。中間で一度、単価の動きを確認する日を決めておくと拾えます。

購入金額を証明する書類がなかった

口頭発注や、複数現場をまとめた請求書だけでは、その工事にいくら使ったかを示せません。工事ごと・品目ごとに分けて残す習慣が、そのまま請求できる額になります。

契約書の条番号を確認していなかった

国の公共工事標準請負契約約款では、スライド条項は令和2年4月から第26条です。それ以前は第25条でした。国土交通省が公表している運用マニュアルは、全体スライドとインフレスライドが平成25年・26年の暫定版のままで、表題も旧条番号(第25条)で残っています。さらに、県や市の工事請負契約書は自治体ごとに条番号が違います。請求書に条番号を書くときは、その工事の契約書の条番号を見てください。

下請への支払いに反映しなかった

元請がスライドで増額を受けても、下請の契約は据え置いたまま、ということが起こります。改正建設業法は、労務費を著しく下回る契約を禁じる方向で運用されています。受け取った増額をどこまで下に流したかは、記録に残しておいたほうが安全です。

確認手持ち工事で確かめる七つ

  • 工期が12か月を超える工事はあるか。契約から12か月を過ぎているか
  • 残工期が2か月以上ある工事はどれか。今月末で切れるものはないか
  • 値上がりした資材の購入実績を、工事ごと・品目ごとに出せるか
  • その工事の契約書で、スライド条項が第何条になっているか確認したか(国の標準約款は第26条、自治体は別番号のことがある)
  • 全体スライドの1.5%を、請負代金額ではなく変動前残工事代金額で計算し直したか
  • 上がっている資材が「その他の主要な工事材料」として単品スライドに乗るか、発注者と協議に入ったか
  • 増額を受けた場合に、下請への支払いをどう見直すか決めてあるか
確認先(一次情報)スライド条項の運用マニュアル(全体スライド・単品スライド・インフレスライド)は国土交通省大臣官房技術調査課が公表しています。条番号・様式・提出先は発注者ごとに異なるため、熊本県の工事は熊本県土木部監理課建設業班(096-333-2485)、熊本市の工事は熊本市の契約担当窓口で、その工事の契約書とあわせてご確認ください。請求書類の組み立てについては、当事務所でもご相談を承っています。
執筆体制

行政書士村上事務所熊本市/創業2004年

建設業許可・経営事項審査・入札参加資格を専門に扱っています。お客様の紹介で広がり、取引先は100社を超えました。

顧問技術士・一級建築士

技術と設計の側から、評点の組み立てと施工体制について助言を受けています。

chiou.jp株式会社地央/姉妹サイト

不動産・都市計画・開発許可・農地転用の実務ノートを100本以上載せています。土地から入る案件は、あわせてご覧ください。

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