取適法と手形の廃止

取適法と手形の廃止 ── 建設工事は対象外、では何が変わるのか

令和8年(2026年)1月1日に取適法が施行され、手形払いが法律で禁じられました。ただし建設工事の下請代金は、この法律の対象ではありません。対象になるのは資材の製造委託や図面の作成委託などです。工事のほうは建設業法と通達が受け持ちます。二つの系統が並んで走っているので、自社のどの取引にどちらがかかるのかを先に分けます。そのうえで、手形そのものに設けられた期限を確かめます。

構成一 どこに何がかかるか/二 取適法が禁じたこと/三 建設工事の側 ── 建設業法と通達/四 手形の期限は二段階/五 いま実際どうなっているか/六 資金繰りの備え/確認のチェックリスト

第一章どこに何がかかるか

取適法の正式名称は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」です。従来の下請法(下請代金支払遅延等防止法)を改正・改称したもので、令和7年5月16日に成立、令和8年1月1日に施行されました。用語も変わり、親事業者は委託事業者、下請事業者は中小受託事業者になっています。

そして肝心のところです。公正取引委員会のテキストは「建設業法に規定される建設業を営む者が業として請け負う建設工事は対象とならない」と明記しています。よくある質問でも同じ説明がされています。

取引 かかる法律 支払期日 手形
建設工事の下請 建設業法 元請が支払を受けた日から1月以内(第24条の3)
特定建設業者は申出日から50日以内(第24条の6第1項)
割引困難な手形の交付が禁止(第24条の6第3項)
資材の製造委託・加工
図面やデータの作成委託
特定運送委託
取適法 給付を受領した日から60日以内(第3条第1項) 一律に禁止(第5条第1項第2号)

出典:公正取引委員会「中小受託取引適正化法テキスト」(令和7年11月)、よくある質問コーナー、e-Gov法令検索。

同じ会社の中で、両方が混ざります。工事は建設業法、資材の加工や図面の外注は取適法。支払の仕方をひとまとめに決めていると、片方で違反になります。まず自社の発注を、工事と製造・役務委託に切り分けるところからです。

従業員数の基準が加わりました取適法の適用は、これまでの資本金区分に加えて従業員基準が新設されています。製造委託等では資本金3億円超または常時使用する従業員300人超、役務提供委託等では資本金5千万円超または常時使用する従業員100人超が委託事業者にあたります。資本金を抑えている会社でも、人数で対象に入ることがあります。あわせて特定運送委託が対象に追加されました(第2条第5項)。

第二章取適法が禁じたこと

手形の禁止は、独立した禁止条項として置かれたのではありません。支払遅延の一類型として書かれています。第5条第1項第2号は、代金を支払期日の経過後なお支払わないことを禁じたうえで、括弧書きでこう続けます。

第5条第1項第2号(括弧書き)当該製造委託等代金の支払について、手形を交付すること並びに金銭及び手形以外の支払手段であつて当該製造委託等代金の支払期日までに当該製造委託等代金の額に相当する額の金銭と引き換えることが困難であるものを使用することを含む。

読み方は二つです。手形は満期を問わず一律に禁止。手形以外の手段は、支払期日までに額面相当の現金に換えることが困難なら禁止。つまり電子記録債権やファクタリング、一括決済方式そのものが禁じられたのではなく、満期や支払期日が代金の支払期日より後に来るものが引っかかります。支払期日以前に到来するなら差し支えありません。

旧法にあった「割引困難な手形の交付の禁止」(旧第4条第2項第2号)は削除され、手形払いそのものの禁止に吸収されました。禁止行為は第4条から第5条へ移り、11の類型に整理されています。

現金払いに替えて割引料を引くと、別の違反になります公正取引委員会が施行にあたっての留意事項として挙げています。「支払手段を手形払から現金払に変更した上で、現金を調達するために必要であるとして、製造委託等代金から一定額を割引料として減じて支払うことは、減額として本法違反となる」。手形をやめる代わりに、その分を単価から引く。この形は通りません。

支払期日のほうは第3条第1項です。「検査をするかどうかを問わず」「給付を受領した日から起算して、六十日の期間内において、かつ、できる限り短い期間内」と定められています。起算点は受領日で、検収の有無は関係しません。期日を定めなかったときは受領日が支払期日とみなされ、60日を超える期日を定めたときは受領日から60日を経過した日の前日が支払期日とみなされます(第3条第2項)。

違反したときは第10条の勧告があり、公正取引委員会は勧告事案をウェブサイトに掲載しています。罰則は第14条で、発注時の明示義務・書面交付義務・書類の作成保存義務の違反に対する50万円以下の罰金です(両罰規定)。

第三章建設工事の側 ── 建設業法と通達

建設工事の下請代金は建設業法が規律します。建設業法は手形払いそのものを禁じていません。禁じているのは第24条の6第3項の「支払期日までに一般の金融機関による割引を受けることが困難であると認められる手形」の交付です。ここが取適法との決定的な差です。

ではなぜ建設業界でも60日が意識されるのか。国土交通省が令和6年4月30日に出した手形通達で、60日を超える手形期間のものを「割引困難な手形」にあたるおそれがあるとして指導の対象としたためです。令和6年11月から適用されています。法律で禁じたのではなく、指導の基準を切った形です。

さらに直近の動きがあります。令和8年8月3日付けで、国土交通省不動産・建設経済局長名の通達が出ました(国不建推第29号ほか)。

令和8年8月3日通達より少なくとも労務費相当分(社会保険料の本人負担分を含む。)については現金払とするよう支払条件を設定することとし、手形等による支払は慎むこと。

概要版には、取適法により中小受託事業者への製造委託等の代金の支払で手形の交付が禁止されていることに留意する旨も添えられています。建設工事についても、法律ではなく通達の側から手形を外す方向で圧がかかっていると読むのが実際に近いところです。

もうひとつ、令和7年11月11日に公正取引委員会と中小企業庁が連名で出した要請があります。取適法の対象外の取引(建設工事を含む)についても、受領日起算で60日以内への短縮を求める内容です。建設工事のような長期の取引では、前払や期中払の比率を高めることも求めています。金融機関に対しては、サイト短縮に取り組む事業者への柔軟な資金繰り支援を要請しています。

第四章手形の期限は二段階

「2026年度末までに手形を廃止」という話の出どころは、令和3年(2021年)7月19日に制定された「手形・小切手機能の全面的な電子化に向けた自主行動計画」です。全国銀行協会が事務局を務めた検討会が定めたもので、目標は「2026年度末までに全国手形交換所における手形・小切手の交換枚数をゼロにする」。2026年度末は令和9年(2027年)3月末です。

ここまでは目標です。ところがその先に、もう一段あります。

図 手形をめぐる二つの期限令和8年8月から令和9年度初までいま令和8年8月令和9年3月末交換枚数ゼロの目標令和9年度初交換そのものを廃止自主行動計画2026年度末までに交換枚数をゼロに電子交換所2027年度初から手形・小切手の交換を廃止(令和7年3月決定)※交換が廃止されれば、手形を受け取っても決済に回せなくなります

出典:全国銀行協会「手形・小切手機能の全面的な電子化に向けた自主行動計画」(2021年7月19日制定)、中小企業庁 企業取引研究会資料(2025年11月)。

大事なのは下の帯です。令和7年(2025年)3月に、令和9年度初から電子交換所での手形・小切手の交換を廃止することが決まっています。目標としての「ゼロにする」ではなく、受け皿そのものがなくなります。期限は「使うのをやめる努力目標」から「使えなくなる日」に変わりました。

もっとも、移行は計画どおりには進んでいません。同じ資料によれば、2024年の削減枚数は年間501万枚で、目標の822万枚に対して61%にとどまり、2023年の690万枚からも鈍化しています。期限は動かないのに、残りは減りにくくなっているという状態です。

第五章いま実際どうなっているか

建設業の支払の実態は、国土交通省の下請取引等実態調査で毎年公表されます。令和7年度の調査(令和7年7月〜9月実施、集計対象17,756業者)の数値です。

項目 令和7年度 前年度
全額現金/労務費相当分は現金/一括決済・電子記録債権の活用 92.9% 95.7%
手形期間を60日以内としている・今後する予定 94.6% 92.7%
特定建設業者の50日以内の支払 98.7% 97.9%
注文者からの支払受領後1月以内の下請支払 89.1% 88.0%

出典:国土交通省「令和7年度下請取引等実態調査の結果」。

手形期間の短縮は進んでいます。いっぽう現金払い等の比率は前年より下がっており、数字は一方向には動いていません。自社の取引先がどちらの側にいるかは、統計ではなく個別に確かめるほかありません。

取適法の運用状況も見ておきます。公正取引委員会が令和8年6月10日に公表した令和7年度の運用状況では、勧告39件、指導8,261件。原状回復は委託事業者177名から中小受託事業者5,165名に対して25億5,698万円でした。違反類型では支払遅延が3,787件で52.4%を占めます。

この数字の読み方に注意してください令和7年度は令和7年4月から令和8年3月までです。取適法の施行は令和8年1月1日ですから、この39件の勧告の多くは、改正前の下請法のもとでの行為に対するものです。「取適法の施行後に勧告が急増した」という読み方はできません。取適法の規定は、令和8年1月1日以降に発注する取引について適用されます。施行後の運用状況が数字で見えるのは、次の年度の公表を待つことになります。

第六章資金繰りの備え

サイトが短くなること自体は、受け取る側には有利です。問題は受け取りと支払いが同時に短くなることです。元請からの入金が早まる一方で、自社が下請や資材業者に払うサイトも短くなります。差し引きで運転資金が増える局面が来ます。

まず自社の資金繰り表で幅を測る

手形をやめたとき、月々いくら足りなくなるのか。これは会社ごとに違います。受取と支払のサイトを実際の日数で書き出して、差し引きの山がどこに来るかを見るところからです。感覚で「たぶん大丈夫」と判断すると、山が来た月に止まります。

使える手段の性質を分けておく

  • 電子記録債権の割引:手形割引と同じように、期日前に金融機関で資金化できます。ただし取適法の対象取引では、満期が代金の支払期日より後に来るものを使うと支払遅延にあたります
  • 公的な融資・保証:日本政策金融公庫や信用保証協会の制度、熊本県や市町村の融資制度があります。手形廃止に伴う運転資金のギャップは、本来こちらで埋める種類のものです
  • 売掛債権の早期資金化:手数料が年利に換算すると融資と桁違いになることがあります。常用すると利益を削ります。使うなら期間と金額を限る前提で、先に融資の枠を当たってからにしてください(ファクタリング 実務ノート
金融機関に相談する順番公正取引委員会と中小企業庁は、令和7年11月11日の要請で、金融機関に対しサイト短縮に取り組む事業者への柔軟な資金繰り支援を求めています。「手形をやめる」「支払サイトを短くする」という取引条件の改善が、融資の相談で不利に働く話ではありません。むしろ行政が背中を押している側です。制度融資の窓口や取引金融機関に、先に事情を説明しておくほうが通りやすくなります。

発注側としての書類を整える

取適法の対象取引がある会社は、発注のときの明示と書面の交付、そして書類の作成・保存が義務です。ここは罰則のある部分です。工事の下請契約の書式とは別に、製造委託・役務委託用の書式を用意してください。価格の協議に応じた記録を残しておくことも、あとで自社を守ります。

確認チェックリスト

  • 自社の発注を、建設工事と製造・役務委託に切り分けたか
  • 資材の加工、図面やデータの作成、資材の運送を外注していないか
  • 資本金だけでなく従業員数でも取適法の対象に入らないか確認したか
  • 取適法の対象取引で、手形や満期の遅い電子記録債権を使っていないか
  • 取適法の対象取引の支払期日は、受領日から60日以内か
  • 手形をやめる代わりに単価から割引料を引いていないか
  • 建設工事の下請で、60日を超える手形期間になっていないか
  • 労務費相当分は現金で払っているか
  • 令和9年度初に手形の交換が廃止されることを、資金繰り表に織り込んだか
  • 受取と支払のサイトを日数で書き出し、差し引きの山を把握したか
確認先(一次情報)取適法の条文はe-Gov法令検索、運用基準・テキスト・よくある質問は公正取引委員会、建設業の通達と下請取引等実態調査は国土交通省、手形の電子化の計画は中小企業庁と全国銀行協会が公表しています。本記事の数値と日付は令和8年8月時点で公表されているものです。自社のどの取引にどちらの法律がかかるかの整理については、当事務所でもご相談を承っています。
執筆体制

行政書士村上事務所熊本市/創業2004年

建設業許可・経営事項審査・入札参加資格を専門に扱っています。お客様の紹介で広がり、取引先は100社を超えました。

顧問技術士・一級建築士

技術と設計の側から、評点の組み立てと施工体制について助言を受けています。

chiou.jp株式会社地央/姉妹サイト

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この記事の先にあるもの

手形の廃止と支払サイトの短縮は、下請代金の支払期日の規制と一続きの話です。契約と支払の決まりを確かめておいてください。
→ 下請代金の支払 ── 60日と、一括下請の禁止(許可講座 第25講)
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