2025年12月施行・改正建設業法 「不当な買い叩き」が経審を直撃する? 勧告・公表リスクと実務対応を解説
第1章 2025年12月施行、改正建設業法の核心(「不当な買い叩き」へのメスが、より具体的なかたちに)
法律の「網」がかかる歴史的な転換点
2025年12月12日、建設業法等の改正の一部が施行されます。
今回の改正で特に重視されているポイントの一つが、これまで現場で「慣習」として行われがちだった「不当に低い請負代金(いわゆる買い叩き)」への対応を、より明確で実効性のあるものにすることです。
改正前から、建設業法第19条の3では「通常必要と認められる原価に満たない請負代金の契約」を禁止する規定があり、法律上も「原価割れ契約」は望ましくないとされてきました。
今回の改正では、この第19条の3(いわゆる「不当に低い請負代金」の禁止)や第20条(見積もり・契約)の仕組みが拡充されます。これにより、不当な買い叩きへの「網」がいよいよ具体的にかかることになります。
改正による主な変更点
| 建設業者側にも原価割れ契約の禁止ルールが及ぶようになること |
| 「材料費等記載見積書」や「通常必要と認められる費用」の考え方が法令・政省令レベルで整理されること |
| 違反した発注者に対する勧告・公表制度が整備されること |
「指針」から、より実効性の高いルールへ
これまでも、労務費の確保や適正な価格転嫁については、国土交通省から「指針」や「要請」という形で、繰り返しメッセージが出されてきました。
しかし、現場レベルでは、「予算がないから」「昔からの付き合いだから」「他社はもっと安くやっている」といった理由で、労務費や資材費の上昇分が十分に請負代金へ反映されないケースが残っていたことも否定できません。特に2024年問題(時間外労働の上限規制)が本格化する中で、この矛盾は一層目立つようになりました。
今回の改正は、こうした状況に対し、単なる「お願い」や「努力義務」だけではなく、契約のやり方そのものに一定のルールを課し、違反した場合には勧告・公表といった手当ても用意するという形で、国がより踏み込んで介入していく流れの一環と捉えられます。
「通常必要と認められる費用」とは
法律が守ろうとしている「通常必要と認められる費用」とは、その工事を適正に施工するために、一般的に必要と考えられるコストのことです。概ね、次のようなものが含まれると説明されています。
| 現場で働く技能者の労務費 |
| 材料費 |
| 現場管理費や共通仮設費 等 |
たとえば、根拠の乏しい一律の値引き要求や、過去の安い単価だけを一方的に当てはめて見積もりを依頼するといった行為は、この「通常必要と認められる費用」を無視したものと評価されるおそれがあります。
今後は、元請企業・下請企業のいずれにとっても、「なぜこの金額になるのか」「労務費や材料費が適正に積算されているのか」を、一定の客観的な基準や資料と照らして説明できる体制づくりが、より重要になっていくと考えられます。
まとめ
2025年12月の改正は、建設業界の契約実務にとって一つの転換点になると見込まれます。これまで「慣習」として曖昧に行われてきた価格交渉についても、今後は法律や政省令で示される基準を意識せざるを得なくなります。
第2章 違反となる「不当に低い請負代金」の具体的な基準とは
「500万円」という数字の本当の意味
今回の改正に関連して、新聞や業界紙などでよく出てくる数字に「500万円」「1,500万円」というものがあります。
| 建築一式以外の工事:500万円 |
| 建築一式工事:1,500万円 |
この数字だけを見ると、「最低の契約金額が決まったのか?」と誤解されがちですが、そういう意味ではありません。
もともとこの金額は、建設業法第3条で定められている「軽微な建設工事」の上限額と同じ数字です。
| 建築一式以外の建設工事:500万円未満 |
| 建築一式工事:1,500万円未満、または木造延べ面積150平方メートル未満の住宅工事 |
「通常必要費用の下限」としての位置づけ
2025年の政令改正では、この「軽微な建設工事」の上限額と同じ数字を用いて、「建設工事を施工するために通常必要と認められる費用の額」の下限を、次のように定めるとされています。
| 原則500万円 |
| 建築一式工事は1,500万円 |
これは、
| この金額以上の工事について、 |
| 通常必要費用を著しく下回るような契約を結んだ発注者が、国交大臣等からの勧告・公表の対象となり得る |
という「勧告制度の対象範囲」を区切るための下限と位置づけられています。
したがって、
| 「500万円未満の工事=必ず安全」でもなければ、 |
| 「500万円以上なら、一定の要件のもとで勧告・公表の対象となり得る」 |
という理解が現時点では妥当と考えられます。
500万円以上なら問題ないのか?
もちろん、契約額が500万円以上であれば、どんな金額でも問題ないということにはなりません。
例えば、ある工事について、
| 適正な労務費・材料費・経費を積み上げると1,200万円は必要 |
| しかし、さまざまな事情から1,000万円で契約している |
という場合、
| その1,000万円が「通常必要と認められる費用」をどの程度下回っているのか |
| その差に合理的な理由(自社保有資材の活用・特別な効率化など)があるのか |
といった点が、今後はより厳しく問われる可能性があります。
重要なのは、金額の大小だけではなく、
| 「その金額が、工事を適正に施工するために必要な費用をきちんと含んでいるのか」 |
| 「そのことを、見積書の内訳などで説明できるのか」 |
という「根拠」の部分です。
まとめ
「500万円」「1,500万円」という数字は、
| 違反かどうかを自動的に決める“合否ライン”ではなく、 |
| 勧告制度の対象となる契約の下限額として設定されている |
という位置づけです。
実務上は、
| 金額のラインだけにとらわれるのではなく、 |
| 労務費や経費を含めた適正な積算と、その説明可能性 |
を押さえておくことが、今後ますます重要になると言えます。
第3章 なぜ今この改正が必要だったのか(2024年問題と労務費転嫁の背景)
2024年問題の「足りないピース」
今回の法改正が「今」進められた背景には、建設業界全体が直面している「2024年問題」が深く関係していると考えられます。
2024年4月から、建設業でも時間外労働の上限規制(残業の上限)が適用されました。これは、働く人たちの健康を守るための大切なルールです。しかし、現場では大きな矛盾も指摘されていました。
それは、「工期も予算も従来のまま、残業だけを減らしなさい」という、実現の難しい要求が続いていたことです。短い時間で同じ仕事をするには、本来、人を増やすか、一人ひとりの給与を上げて効率化を図る必要があります。そのための「お金(原資)」、つまり「労務費」の確保が十分に進んでいなかった面があります。
「要請」や「指針」では限界だった
国(国土交通省)もこの問題は認識しており、これまでも「労務費を適正に価格転嫁するように」という「指針」や「要請」を何度も出してきました。
しかし、法律による具体的な仕組みが伴っていなかったため、元請企業と下請企業との力関係の中で、その声が現場まで浸透するには限界がありました。結果として、残業規制のしわ寄せが、下請企業や現場で働く技能者の方々に集中しがちであったとされています。
このままでは、下請企業の経営が立ち行かなくなり、若い働き手も業界に入ってきません。産業そのものが成り立たなくなるという強い危機感が、今回の法改正を後押ししたと考えられます。
「法律」で、お金の流れを後押しする
そこで国が取った対応の一つが、「法律」というルールの実効性を高めることです。「不当に低い請負代金」の禁止規定を拡充し、違反した発注者には「勧告・公表」という仕組みを整備することにしました。
これは、言い換えれば「2024年問題(時間外労働の規制)を守るために必要なお金(労務費)を、元請企業は下請企業にきちんと支払いなさい」と法律で後押しすることです。
これまでの「お願い」レベルから、「違反には勧告・公表もあり得る」という実効性のあるルールへと整備されたことで、元請企業は見積もりや契約の方法を根本から見直す必要性が高まっています。
まとめ
第3章では、今回の法改正が、2024年問題による時間外労働の規制を実質的に守るために不可欠な「労務費の確保」を、法律で後押しするために行われた背景を解説しました。産業の持続可能性を高めるための、重要な一歩と言えます。では、このルール変更を受けて、元請企業は具体的に何をすべきなのでしょうか。次の章で詳しく見ていきます。
第4章 元請企業が対応すべき実務(見積書の取り方と契約の変化)
「交渉」から「根拠の確認」へ
今回の改正によって、元請企業の契約実務は、徐々にではありますが「値段交渉中心」から「積算根拠の確認中心」へとシフトしていくことが想定されています。
特に、
| 材料費等記載見積書に、通常必要と認められる材料費等を記載すること |
| その額を著しく下回るような見積り・見積変更依頼を行わないこと |
といったルールが整備されたことで、「どのような内訳でこの金額に至ったのか」を双方で確認しながら契約していく流れが、これまで以上に重視されていくと考えられます。
見積書の取り方が変わる可能性
今後、元請企業としては、次のような動きが求められる場面が増えていくと見込まれます。
| 従来の慣習(例) | 改正後に望ましい対応(例) |
|---|---|
| 「去年の単価で今年もお願い」 | 「直近の労務費や資材費を反映した見積書をください」 |
| 「総額で〇〇円に収めてほしい」 | 「労務費・材料費・経費の内訳が分かる見積書をお願いします」 |
| 根拠なく「他社はもっと安い」と値引き要求 | 労務費等が適正に計上されているか確認し、そのうえで協議 |
こうした対応は、法律上の「義務」とまでは言い切れない部分もありますが、
| 勧告・公表のリスクを避ける |
| 建設キャリアアップシステム(CCUS)や設計労務単価との整合性を確保する |
という観点からも、元請として自社を守るための重要な実務対応になっていくと考えられます。
「労務費の内訳明示」とリスク管理
元請企業が「不当に低い請負代金で契約していない」と主張するためには、
| 下請企業が作成した見積書に、ある程度明確な内訳として記載されていること |
| その見積書をきちんと確認・保管していること |
が、今後ますます重要な“防御材料”になっていきます。
見積書の内訳(例)
| 労務費 |
| 法定福利費(社会保険料等) |
| 材料費・経費 等 |
「どんぶり勘定」の一式見積書で契約してしまうと、
| 万一、外部から「安すぎるのではないか」と指摘されたときに |
| 「通常必要費用を支払う意思があり、その根拠に基づいて契約した」と説明しづらくなる |
リスクがあります。
まとめ
第4章では、法改正の流れを受け、元請企業は「積算根拠の確認」と「内訳のある見積書の保管」が、違反と見なされるリスクを下げ、自社を守るために重要な実務対応となることを解説しました。では、元請企業のこうした変化に対し、下請企業はどのように行動すべきでしょうか。次の章で詳しく見ていきます。
第5章 下請企業が取るべき行動(法律を味方にした交渉と見積書の作成方法)
「法律」という強い交渉材料
今回の法改正は、下請企業の皆さんにとって、自社の利益と社員の生活を守るための「非常に強い交渉材料になり得る」ことと同じ意味を持ちます。
これまで、「元請けとの関係があるから」と受け入れてきた可能性のある、根拠の乏しい値引き要求や労務費の据え置きに対して、建設業法という「法律」を根拠に、交渉がしやすくなったのです。
交渉の場で「そのご依頼は、建設業法第十九条の三(不当に低い請負代金の禁止)に違反するおそれがあります」と伝えることは、単なる「お願い」ではなく、法律の趣旨に基づく交渉となります。
元請企業が「求める」見積書を提出する
第4章で解説した通り、元請企業は今、法律違反と見なされるリスク(勧告・公表)を避けたいと考えています。そして、そのリスクを避けるために「労務費の内訳が明示された、適正な見積書」を必要としています。
下請企業が取るべき行動は、この元請企業のニーズに応えることです。これは、自社の適正な利益を確保するための「交渉を有利に進める機会」でもあります。
| これまでの見積書(一例) | 法改正後に求められる見積書(一例) |
|---|---|
| 〇〇工事一式 1,000,000円 | (内訳)1. 材料費 300,000円2. 労務費 450,000円3. 法定福利費(労務費の〇%) 50,000円4. 現場経費(運搬費など) 100,000円5. 一般管理費 100,000円合計 1,000,000円 |
「適正な労務費」の根拠を示す
元請企業を納得させる(そして、元請企業が外部に説明できる)見積書にするには、「労務費」の根拠を明確にすることが重要です。
法定福利費を必ず内訳に入れる
見積書に、社会保険料などの「法定福利費」がきちんと含まれていることを明記します。これは、法律で定められた企業の義務であり、これが含まれていないと「不当に低い」と判断される要因となり得ます。
CCUSの活用も視野に
今後は、建設キャリアアップシステム(CCUS)に登録された技能者のレベルに応じて、国土交通省が示す「設計労務単価」などを参考に適正な人件費を計算することが、客観的な根拠として、今後重要性が増していく可能性があります。
まとめ
今回の法改正は、下請企業が「適正な利益」を確保し、社員の待遇を改善するための大きな追い風となり得ます。求められるのは、どんぶり勘定の「一式」見積もりから脱却し、「法律」と「積算根拠」に基づいた見積書を作成する能力です。
次の章では、元請企業がこの法律を守らなかった場合に想定される「勧告・公表」が、経営事項審査(経審)にどのような影響を与える可能性があるかを見ていきます。
第6章 勧告・公表と経営事項審査(経審)への影響
罰則の正体は「経営上の信用リスク」
改正建設業法に基づき、「通常必要と認められる費用を著しく下回る」請負代金で契約したと判断された場合、発注者に対しては勧告や公表が行われる仕組みが整備されました。
多くの方は、「社名が公表されて恥ずかしい」程度のイメージで捉えがちですが、建設業者にとっては、経営上の重要な信用リスクと言えます。
勧告・公表が影響し得る範囲
| 自治体の入札参加資格 |
| 金融機関からの見え方(融資判断) |
| 協力会社からの信頼 |
経審(W点)への影響の可能性
経営事項審査(経審)では、「その他社会性等(W点)」の項目において、「建設業法第28条に基づく監督処分(指示処分・営業停止処分 等)を受けた場合」に減点が行われる仕組みがあります。
今回の「勧告・公表」が、今後どのように監督処分や経審のW点、自治体の指名停止基準とリンクしていくのかについては、現時点では詳細な運用が今後の通知や要領で整理されていく段階と見られます。
現時点で想定されるリスク
したがって、「勧告・公表=直ちにW点が大幅減点」とまでは断定できませんが、以下の点でリスクがあると考えるのが妥当でしょう。
| 法令違反が公表された事実自体が、経審や指名停止の判断材料となる可能性は高い |
| 自治体によっては、独自の運用で入札参加停止などを行うケースも想定される |
このように、公共工事の受注環境に中長期的な影響を与えるリスクがあるため、法令遵守の体制構築が不可欠です。
まとめ
第6章では、「勧告・公表」が単なるイメージダウンではなく、経審のW点や指名停止とも連動し得る、具体的な「経営上の信用リスク」であることを解説しました。この最悪の事態を避けるためには、全社的な取り組みが不可欠です。最終章では、法改正を乗り切るための具体的な社内体制の構築について見ていきます。
第7章 法改正を乗り切るための社内体制構築と専門家への相談
「知らなかった」では済まされない全社的な課題
今回の法改正は、経理担当者や法務担当者だけが知っていればよい、という性質のものではありません。社長や役員はもちろん、営業担当者、現場の所長や工務担当者まで、全社員が「不当に低い請負代金には規制がある」という事実を理解する必要があります。
なぜなら、たった一件でも「昔からの慣習で」と安易に結んだ契約が、外部から「不当に低い」と指摘された場合、会社全体が「勧告・公表」といった重大なリスクにさらされる可能性があるからです。これは、技術力や売上とは別の、「法律を守る体制(コンプライアンス体制)」が問われる経営課題です。
今すぐ企業が着手すべき社内体制の構築
こうしたリスクを避けるため、企業は「法律違反と指摘されることを防ぎ、万が一の調査にも説明できる根拠を残す」ための仕組みを、社内に構築することが求められます。
| 取り組むべき部門(例) | 具体的な行動内容(例) |
|---|---|
| 経営層(社長・役員) | 全社に対して「法律を遵守し、適正な価格での契約を行う」方針を明確にし、そのための社内ルール整備を指示する。 |
| 営業・購買部門 | 「労務費等の内訳が明示された見積書」を取得することをルール化する。古い単価表の安易な適用や、根拠の乏しい値引き交渉を見直す。 |
| 現場・工務部門 | 下請企業から提出された見積書の内容(特に労務費や法定福利費)が、実態とかけ離れていないかを確認する習慣をつける。 |
| 管理・総務部門 | 適正な根拠(内訳のある見積書)に基づいて契約したことを証明できるよう、契約書と見積書を一組にして適切に保管する体制を整備する。 |
自社だけでの対応が難しい理由
上記のような体制を自社だけで完璧に構築し、運用するのは簡単なことではありません。
現場から想定される悩み
| 「ルールを作っても、現場が忙しくて守ってくれないかもしれない」 |
| 「どこまでが『適正な労務費』なのか、判断基準がわかりにくい」 |
| 「元請けとして、下請けにどこまで強く指導してよいものか」 |
こうした悩みは、多くの建設企業に共通するものです。日々の業務に追われる中で、法律の改正内容を正確に把握し、それを社内ルールに落とし込み、全社員に教育するのは膨大な時間と労力がかかります。
まとめ
今回の法改正は、建設業界の「古い慣習」を見直し、適正な企業活動を後押しする流れの一環です。この変化を「コスト増」とだけ捉えるか、それとも「自社の価値を高め、経営事項審査(経審)の評価にも関わる信用を守る機会」と捉えるかで、今後の会社の姿は変わってくる可能性があります。
法律(建設業法)と経営(経審)の両方を深く理解している専門家(行政書士)に相談することは、この変化を乗り切るための「時間」と「安心」を確保する、経営判断の一つです。自社の体制に少しでも不安を感じたら、深刻な事態になる前に、ぜひ一度ご相談ください。