
【最新動向】建設業界におけるM&Aの現況とデータ分析
【最新動向】建設業界におけるM&Aの現況とデータ分析
近年、建設業界において、企業の合併や買収(M&A)が活発化しています。これは、業界全体の構造的な変化に対応するための重要な経営戦略と位置づけられており、今後の動向を理解する上で欠かせない動きです。本章では、まず直近の主要な事例を報告し、その背景にある客観的なデータを分析します。
2025年における主要なM&A事例報告
特に注目されるのは、大手ゼネコンが事業領域の拡大を目的として実施した、以下のM&Aです。
事例 | 当事会社 | 目的・狙い |
海洋土木分野の強化 | 大成建設、東洋建設 | 陸上土木に強みを持つ大成建設が、海洋土木技術を持つ東洋建設を子会社化。洋上風力発電など、将来の成長分野での主導権確保を目指す。 |
インフラ事業の統合 | インフロニア・ホールディングス、三井住友建設 | インフラ運営に強みを持つインフロニアHDが、橋梁やマンション建設に実績のある三井住友建設を子会社化する予定(2025年9月26日付)。インフラの企画から施工、運営までを一貫して手掛ける体制を構築。 |
データで見る建設業界の経営環境
これらの動きの背景には、建設業界を取り巻く厳しい経営環境が存在します。公的なデータを基に、現状を見ていきます。
国内建設投資の推移
国土交通省が発表する「建設投資見通し」によると、国内建設投資は近年、横ばいまたは足踏み状態にあり、2025年度は減少に転じる可能性も指摘されています。これは、国内市場が成熟期に入り、かつてのような右肩上がりの成長が見込みにくい状況であることを示唆しています。
建設業就業者数の動向
総務省の労働力調査によれば、建設業の就業者数は長期的に減少傾向にあります。特に若年層の入職者が少なく、就業者の高齢化が深刻な課題です。限られた人材で生産性を維持・向上させることが、すべての建設業者にとっての共通課題となっています。
まとめ
主要なM&Aの事例とマクロデータから読み取れるのは、国内市場の成熟と担い手不足という大きな流れの中で、大手企業が生き残りをかけて事業構造の転換を急いでいるという事実です。これは一部の企業だけの話ではなく、業界全体の動向を示す重要な指標と言えます。
次の章では、なぜこのような市場構造に至ったのか、その要因をさらに深く掘り下げて分析します。
なぜ業界再編は進むのか?市場構造から読み解く3つの要因
第1章で報告したM&Aの活発化は、個別の経営判断であると同時に、建設業界全体が直面する構造的な課題への対応という側面を持っています。本章では、業界再編を不可避なものにしている市場構造の要因を、3つの観点から分析します。
要因1:国内市場の成熟と事業ポートフォリオの転換
各種調査機関の予測では、2025年度の国内建設投資額は、金額ベース(名目値)では微増が見込まれるものの、資材価格の上昇分を考慮した実質的な工事量はほぼ横ばいとされています。これは、市場が量的な拡大期を終え、新設中心のビジネスモデルだけでは成長が困難な「成熟期」にあることを意味します。需要の中心が、社会インフラの維持・更新や、建物の長寿命化・省エネ化といった分野にシフトしており、これに対応できない企業は淘汰されるリスクに直面しています。大手企業がM&Aによって海洋土木やインフラ運営といった新たな事業領域(事業ポートフォリオ)を獲得しようとするのは、この市場構造の変化に対応し、新たな収益源を確保するための必然的な戦略です。
要因2:労働生産性の停滞とデジタル化(DX)の必要性
日本の建設業は、他産業と比較して労働生産性の向上が長年の課題とされています。その背景には、重層的な下請構造や、紙ベースのアナログな業務慣行などが指摘されています。2024年4月から建設業にも適用された時間外労働の上限規制や、令和6年(2024年)改正建設業法に盛り込まれ、2025年内に施行予定の「著しく短い工期の禁止」といった働き方改革の動きは、生産性向上を法的な要請にまで高めました。こうした状況下で、BIM/CIM(三次元モデルを活用した設計・施工プロセス)に代表されるデジタル技術(DX)の導入は、もはや選択肢ではなく必須の取り組みです。M&Aによる企業規模の拡大は、こうした先進技術への投資負担を分散させ、グループ全体でDXを推進し、生産性を抜本的に改善する狙いがあります。
要因3:資材・エネルギー価格高騰による収益リスクの増大
近年、建設資材物価指数は高止まりの傾向が続いており、それに加えてエネルギーコストの上昇も、建設業の収益構造を直接的に圧迫しています。特に、受注時に想定したコストを、工事完成までの価格上昇が上回ってしまうリスクは、経営の安定性を大きく揺るがします。この課題に対し、M&Aは企業規模の拡大(スケールメリット)を通じて、資材の大量購入による価格交渉力を高める効果が期待されます。また、サプライチェーン(資材の調達網)の最適化や、価格変動に強い契約手法の導入などをグループ全体で進めることで、外部環境の変化に対するリスク耐性を強化する目的も含まれています。
まとめ
「市場の成熟」「生産性の課題」「コスト構造の変化」という3つの要因は、それぞれが独立しているのではなく、相互に複雑に影響しあっています。これらの構造的な課題を乗り越え、持続的な成長を実現するために、大手企業はM&Aという手段を選択しているのです。この大きな変化の波は、当然ながら協力会社である中小建設業者の経営にも直接的な影響を及ぼします。
次の章では、これらの再編が協力会社に具体的にどのような影響を与えるのかを予測し、分析します。
協力会社への影響分析。取引機会と現場基準の変化予測
元請け企業のM&Aによる再編は、グループ全体の経営効率化を目的としており、その一環としてサプライチェーン、すなわち協力会社との関係性も見直しの対象となります。これは、すべての協力会社にとって、取引機会と現場運営の両面で大きな変化に直面することを意味します。本章では、予測される具体的な影響を分析します。
影響予測1:取引構造の変化と協力会社の選別
元請け企業は、品質、コスト、安全管理のレベルをグループ全体で最適化するため、協力会社の評価基準を統一し、取引の集約を進めることが予測されます。従来の価格競争力や過去の実績に加え、今後は企業の総合力や将来性がより客観的な指標で評価されるようになります。今後、元請け企業が重視すると考えられる評価基準は以下の通りです。
評価領域 | 具体的な評価指標の例 |
経営の安定性 | 財務状況の健全性(経営事項審査におけるY評点など)、自己資本比率。 |
技術力 | 保有資格者の質と量(Z評点)、特定分野での施工実績、専門性。 |
生産性・DX対応力 | ICT建機の活用実績、BIM/CIMへの対応能力、業務効率化ツールの導入状況。 |
労務・コンプライアンス | 社会保険加入の徹底(W評点)、建設キャリアアップシステム(CCUS)の活用度、働き方改革への準拠。 |
環境・サステナビリティ | CO2排出量削減への貢献、産業廃棄物の適正処理、環境配慮型資材の使用実績。 |
これらの基準に基づき、総合力の高い協力会社に仕事が集中する一方で、対応が遅れた企業は取引機会が減少する、いわゆる「二極化」が進行する可能性があります。
影響予測2:現場管理基準の高度化と標準化
M&A後の元請け企業は、グループ全体でのリスク管理を徹底するため、現場における安全・品質・工程管理の基準をより高いレベルで標準化します。協力会社は、これらの新しい基準への対応を迅速に求められます。
安全管理のデジタル化
従来のKY活動(危険予知活動)に加え、AIカメラによる危険行動の自動検知や、ウェアラブルデバイスを用いた作業員の健康状態のモニタリングなど、デジタル技術を活用した安全管理手法の導入が必須となる可能性があります。
施工体制の透明化
建設キャリアアップシステム(CCUS)の活用がさらに徹底され、現場に入場するすべての作業員の就労履歴や保有資格が厳格に管理されるようになります。これにより、施工体制の透明性が確保され、法令遵守のレベルが厳しく問われます。
サステナビリティ基準の導入
環境への配慮が企業の社会的責任として重視される中、現場においてもCO2排出量の少ない工法や重機の使用、廃棄物削減の徹底など、サステナビリティに関する具体的な取り組みとその報告が求められるようになります。
まとめ
業界再編は、協力会社に対して、これまでの慣習や人間関係に依存した経営からの脱却と、客観的なデータに基づいた経営体質の強化を強く求めるものです。この変化は、対応できなければ淘汰されるリスクである一方、自社の優位性を明確に示し、より強固なパートナーシップを築く好機でもあります。
次の章では、これらの新しい評価基準に対し、自社が現在どの位置にあるのかを客観的に把握するための具体的な手法について解説します。
経営事項審査データを活用した自社ポジショニング分析
第3章で分析した協力会社への新しい評価基準は、実はその多くが経営事項審査(経審)の評価項目と深く関連しています。経審は、もはや公共工事の入札参加資格を得るための手続きに留まりません。元請け企業や金融機関が企業の信頼性を測るための「公的な経営診断書」として、その重要性は民間取引においても増しています。本章では、経審データを活用して自社の客観的な立ち位置(ポジション)を分析する手法を解説します。
主要評点と元請けからの評価視点
経営事項審査の結果は、総合評定値(P点)として算出されますが、その内訳である各評点が企業の特性を示しています。主要な評点が、元請けの評価視点とどう結びつくかを見ていきましょう。
主要評点 | 評価内容と元請けからの視点 |
Y評点(経営状況) | 企業の財務健全性を示します。負債の状況、収益性、キャッシュフローなどを分析したもので、この評点が高いことは「倒産リスクが低く、経営が安定している」という直接的な証明になります。 |
Z評点(技術力) | 技術職員の有資格者数や経験、元請としての施工実績を評価します。元請けにとっては「質の高い技術者が豊富で、難しい工事も安心して任せられる」という技術的な信頼性の指標となります。 |
W評点(社会性等) | 法令遵守、労働環境、環境への配慮など、企業の社会的責任への取り組みを評価します。社会保険加入やCCUS活用、若手育成、環境認証(エコアクション21等)などが含まれ、「コンプライアンス意識が高く、持続可能なパートナーである」と評価されます。 |
X1評点(完成工事高) | 事業規模と施工実績の量を示します。安定した受注と施工能力の証明であり、元請けにとっては「十分なキャパシティと実績を持つ会社」という安心材料になります。 |
自社ポジショニングの簡易分析手法
これらの評点を基に、自社の強みと弱みを客観的に把握することが可能です。以下のステップで簡易分析を行ってみましょう。
ステップ1:自社の評点を確認する
まず、自社の最新の総合評定値通知書を用意し、上記で解説したY, Z, W, X1などの各評点を正確に把握します。
ステップ2:業種・地域平均との比較
次に、一般財団法人建設業情報管理センター(CIIC)がウェブサイトで公表している経営事項審査結果の統計データを参照します。自社と同じ業種、同じ都道府県の企業の平均評点と、自社の評点を比較します。これにより、競合他社の中での自社の相対的な位置が明らかになります。
ステップ3:強みと弱みの特定と戦略化
平均値と比べて、自社の評点が特に高い項目は「客観的な強み」です。元請けに対して重点的にアピールすべきポイントとなります。逆に、平均値を大きく下回る項目は「経営上の弱み・課題」です。この項目が、今後優先的に改善すべき戦略目標となります。
まとめ
経営事項審査は、申請して終わりではなく、その結果を分析することで初めて強力な「経営ツール」となります。客観的なデータに基づいて自社の現在地を正確に把握することは、漠然とした不安を具体的な経営課題へと転換させ、取り組むべき次の一手を明確にします。
しかし、評点向上のための具体的な施策立案には、専門的な知識と計画性が求められます。次の最終章では、この分析結果を基に、持続的成長に向けた具体的な経営改善計画について論じます。
今後の元請け評価を勝ち抜くための具体的な経営改善計画
第4章で行った自社ポジショニング分析は、ゴールではなくスタートラインです。明らかになった自社の「強み」と「弱み」に基づき、具体的な経営改善計画を策定し、継続的に実行していくことが、業界の大きな変化を乗り越える鍵となります。本章では、元請けからの評価向上に直結する、経営改善計画の3つの柱を提案します。
経営改善計画の3つの柱
計画1:技術力の強化と専門性の確立(Z評点・X1評点向上プラン)
協力会社の選別が進む中、「この工事は、あの会社にしか頼めない」という技術的優位性を確立することが最も有効な戦略です。技術職員の能力向上と、得意分野での実績蓄積を計画的に進めます。
施策の例
計画的な資格取得支援 | 監理技術者や1級国家資格など、評価の高い資格の取得に向けた支援制度(費用補助、研修機会の提供など)を整備します。 |
専門分野への特化 | 自社の強みである工事分野を定め、その分野での施工実績を重点的に積み上げ、専門業者としての地位を確立します。 |
新技術への対応 | BIM/CIMやICT施工に関する研修に従業員を派遣するなど、元請けが推進するDX化への対応力を強化します。 |
計画2:財務体質の改善と経営基盤の安定化(Y評点向上プラン)
どのようなに高い技術力があっても、経営基盤が不安定では元請けは安心して仕事を発注できません。キャッシュフローの改善や自己資本の充実を図り、倒産リスクの低い、安定した財務体質を構築します。
施策の例
収益構造の見直し | 工事ごとの原価管理を徹底し、不採算工事の原因を分析、利益率の改善を図ります。 |
自己資本の充実 | 税理士などと連携し、適切な利益確保と計画的な内部留保による自己資本比率の向上を目指します。 |
計画3:労働環境整備とコンプライアンス体制の構築(W評点向上プラン)
人手不足が深刻化する中、人材の確保・定着は最重要課題です。また、法令遵守や環境への配慮は、企業の信頼性を測る上で不可欠な要素となっています。働きやすく、社会的に信頼される会社づくりを進めます。
施策の例
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CCUSの完全活用 | 建設キャリアアップシステムの全社的な登録と現場での運用を徹底し、技術者の能力評価の向上を目指します。 |
若手人材の育成・定着 | 若年技術者(35歳未満)の採用目標を設定し、資格取得支援やメンター制度などの教育プログラムを充実させます。 |
各種認証の取得検討 | ワークライフバランス関連認定(「えるぼし」等)や環境認証(「エコアクション21」等)の取得は、W評点を直接的に向上させ、企業のイメージアップに繋がります。 |
計画実行における専門家の活用
これらの経営改善計画を策定することは第一歩に過ぎず、最も重要なのはその計画を確実に実行し、定期的に進捗を確認・見直し(PDCAサイクル)ていくことです。しかし、日々の業務に追われる経営者の皆様が、これを独力で継続していくことは容易ではありません。
私たち行政書士は、単なる申請手続きの代行者ではありません。経審データを基にした評点シミュレーションを行い、どの施策が最も効果的かを見極め、貴社に最適な経営改善計画の策定を支援します。そして、その計画が着実に実行されるよう、継続的にサポートする経営のパートナーです。
業界の構造変化は、すべての企業に進化を求めています。このレポートが、貴社の未来を切り拓く経営改善計画の策定に向けた一助となれば幸いです。