村上事務所

建設業に忍び寄る「人手不足格差」──68%が仕事を断るという現実の裏で何が起きているのか

もし、目の前に利益の出る仕事があっても「人がいないから」という理由で断らざるを得ないとしたら…あなたは、どんな気持ちになるでしょうか。

先日、クラフトバンク株式会社が発表した調査結果は、多くの経営者にとって悪夢のような現実を突きつけました。中小建設企業の 68%が「人手不足で仕事を断った経験がある」 と回答したのです。※1

これはもはや、一部の企業の問題ではありません。私たちの業界全体を静かに、しかし確実に蝕む「構造的な病」のサインなのです。

「応募がない」以前に「採用活動ができない」という現実

「人手が足りないなら、採用すればいいじゃないか」。そう言うのは簡単です。

しかし、今回の調査では、人材採用の課題として 「応募がない(33%)」 に次いで、「採用活動をしていない(22%)」 という回答が多かったことが注目されます。※2

これは決して怠慢ではなく、「構造的限界」を示しています。ある一人親方から法人成りしたばかりの小さな塗装会社の社長はこう語りました。

「ハローワークに求人を出す手続きも、求人サイトの管理も正直言って手が回らないんです。
日中は現場に出て、夜は請求書や見積書の作成。採用活動に割く時間も体力も、そして広告費もありません。」

誠実に現場に向き合っているからこそ、未来への投資である「採用」にまで手が回らない。結果として、「採用活動に取り組める会社」と「取り組めない会社」という静かな分断が生まれています。

この傾向は他の調査でも確認されています。国土交通省の「建設業活動実態調査(2024年度)」では、従業員20人未満の企業のうち 約6割が『採用活動を実施していない』 と回答しています。※3

賃上げの波は、どこで止まっているのか?

もう一つ、深刻な格差を示すデータがあります。全国建設業協会(全建)の調査(2025年10月8日公表)によれば、元請企業の約9割がこの1年で賃上げを実施した一方で、下請企業への労務単価引き上げに応じたのは約7割にとどまりました。※4

この「2割の差」は、業界の構造的な歪みを映しています。元請企業は社会的要請に応えて賃上げを進めましたが、その原資となる工事価格への転嫁が進まなければ、どこかにしわ寄せが生じます。最も影響を受けやすいのが、価格交渉力の弱い下請企業です。

「単価を上げてくれ、とは言いにくいですよ。それを言ったら、『じゃあ他の会社に頼むから』と言われかねませんから。」

全建の調査でも、「賃上げを行いたいが価格転嫁が難しい」と回答した企業は46%に上りました。※5
この構造が続けば、優秀な職人が業界を去り、人手不足に拍車をかけるのは当然の帰結です。

「点」の問題が「線」で繋がり、業界全体を揺るがす日

「うちは元請だから関係ない」「うちは人が足りている」。そう思っているとしたら、それは危険なサインです。

建設業は、無数の専門業者がバトンをつなぐリレーのような構造。基礎工事、鉄骨、内装、電気、設備…どれか一つでも欠ければ、建物は完成しません。

この「人手不足格差」は、サプライチェーン全体を揺るがす時限爆弾です。ある特殊技術を持つ小規模事業者が後継者不足で廃業すれば、その一点の喪失が工期全体の遅延という「線の問題」へと発展する可能性を孕んでいます。

国土交通省の調査でも、技能労働者の平均年齢は 49.7歳 に達し、技能継承が間に合わない事業者の増加が報告されています。※6

まとめ:静かに進行する「格差」が経営を侵食する

今回のデータが示すのは、単なる「人手不足」ではなく、企業規模による採用格差賃上げ格差という二重の構造的課題です。

この見えない分断を乗り越えるために、私たちにできることがあります。

  • 元請企業は、下請企業を「外注先」ではなく共に未来を創るパートナーとして捉え、適正な価格と工期での発注を徹底すること。
  • 小規模事業者は、孤軍奮闘せず、共同求人デジタルツールによる業務効率化を通じて、持続的な仕組みを作ること。

変化は痛みを伴います。しかし、その痛みを通じて構造を見直し、次の一手を打つことこそが、業界全体の未来を拓く鍵となります。

なお、今回明らかになった「格差」は、やがて公共工事の入札に必要な 経営事項審査(経審) の評点にも影響を及ぼす可能性があります。
経審では近年、社会保険加入率・賃金改善・働き方改革が評価項目として強化されており、「格差=経営力の差」として数値化される時代が来ています。※7

参考・出典一覧

  • ※1 クラフトバンク株式会社「建設業界における人材確保の現状 2025年版」(2025年10月9日発表)
  • ※2 同上調査結果概要(クラフトバンク公式X・業界紙報道)
  • ※3 国土交通省「建設業活動実態調査報告書(2024年度)」p.15
  • ※4 全国建設業協会「令和7年度 労働環境整備に関するアンケート調査」(2025年10月公表)
  • ※5 同上 p.12「賃上げを行いたいが価格転嫁が難しい」回答比率46%
  • ※6 国土交通省「建設業人材確保対策行動計画 2025」p.3
  • ※7 国土交通省「経営事項審査改正概要(令和6年度)」p.2, p.5

PAGE TOP