村上事務所

2025年5月倒産レポート解説:なぜ倒産は減ったのか?そして、これから何をすべきか?

【業界関係者様へ】建設業の倒産17.4%減、この数字を信じてはいけません

2025年5月、建設業界に一見すると明るいニュースが流れました。倒産した会社の数が、前の年の同じ月と比べて17.4%も「減った」というのです。この知らせを聞いて、「ようやく厳しい時代が終わるかもしれない」と、胸をなでおろした方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、私たちはこの数字を冷静に、そして注意深く見る必要があります。なぜなら、この「減少」という結果は、湖の水面に映った美しい月のようなものかもしれないからです。水面は穏やかに見えても、湖の底では複雑な水の流れが渦巻いているように、建設業界の足元では、今まさに深刻な地殻変動が起きているのです。

この記事では、なぜこの数字が「見せかけの好転」に過ぎないのか、その裏に隠された本当の課題は何なのかを、一つひとつ丁寧に解き明かしていきます。

思考の出発点、数字の裏側を読むということ

報道された事実

まず、事実として発表された数字を確認しましょう。これは議論の出発点となります。

2025年5月の建設業倒産件数、前年同月比で17.4%減少。

普通に考えれば、倒産が減ることは良いことです。会社の経営が安定し、働く人々の暮らしも守られるからです。

最初に持つべき疑問「なぜ」

ここで思考を止めずに、一歩踏み込んでみましょう。「なぜ、倒産は減ったのだろうか」と問いを立てます。この「なぜ」を考えることが、表面的な情報に惑わされず、物事の本質に迫るための第一歩になります。

熱さまシートで熱は下がったか、たとえ話で見る今回の倒産減少

とても高い熱が出たA君の話

今回の状況を、病気で熱を出したA君に例えてみましょう。
A君は昨日、インフルエンザで40℃という、とても高い熱を出してしまいました。これは大変な事態です。

そして今日、熱を測ってみると38℃に下がっていました。40℃に比べれば2℃も下がっており、これは「改善」と言えるでしょう。しかし、A君はまだ病気が治ったわけではありません。平熱は36℃台ですから、まだ十分に高い熱があり、体はつらい状態が続いています。

建設業界の「熱」の状態

これを建設業界に当てはめてみます。

時期A君の体温建設業界の状況解説
2024年5月 (去年)40℃ (異常な高熱)倒産件数が異常に多かったコロナ禍を支えた「ゼロゼロ融資」の返済が始まり、体力の弱い企業が一気に倒産してしまった時期です。
2025年5月 (今年)38℃ (まだ高熱)倒産件数が減少した去年の異常な数が少し落ち着いただけで、依然として多くの企業が苦しんでいる「高熱状態」は続いています。

つまり、17.4%の減少は、病気が治ったことを意味するのではなく、「異常な高熱が、まだ高いものの少しだけマシになった」という状態を示しているに過ぎないのです。これを専門的な言葉で「反動減(はんどうげん)」と呼びます。

【ことば解説】ゼロゼロ融資とは
新型コロナウイルスの影響で経営が苦しくなった会社を助けるため、国が後押しした特別な融資制度です。一定期間、実質的に利子(利息)ゼロ、担保(借金のカタ)ゼロで事業資金を借りることができました。多くの会社がこの制度で危機を乗り越えましたが、返済が始まると、それが新たな経営の重荷となっています。

この記事で解き明かすこと、未来への羅針盤

このブログでは、この「見せかけの小康状態」の裏で、建設業界が直面している4つの大きな嵐について、深く掘り下げていきます。それは、避けることのできない構造的な問題です。

業界を揺るがす4つの構造問題

1.2024年問題という名の「時間」の制約
法律(労働基準法)で決められた残業時間の上限規制が、業界の働き方を根本から変えようとしています。

2.人がいない、継ぐ人がいないという「人」の危機
若者は入らず、熟練の職人さんたちは引退していく。会社の未来を誰に託すのかという深刻な問題です。

3.上がり続ける「モノ」の値段
資材や燃料の価格は上がる一方なのに、工事代金にその分を上乗せできない苦しい現実があります。

4.終わらない「カネ」の返済
ゼロゼロ融資の返済が、じわじわと会社の体力を奪っています。

これらの問題は、それぞれが独立しているのではなく、互いに複雑に絡み合い、建設業界全体を覆う「パーフェクト・ストーム」となっています。次の章からは、これらの問題を一つずつ詳しく分析し、皆さまが厳しい時代を乗り越えるための羅針盤となる情報をお届けします。

第1章 数字のトリックを見抜け。倒産が「減った」本当の理由

「はじめに」で、今回の倒産件数の減少は、高熱を出した人が少し熱が下がっただけの状態に似ている、とお話ししました。この章では、なぜそのようなことが言えるのか、具体的な数字と背景を見ながら、その「からくり」を詳しく解き明かしていきます。表面的な数字に惑わされず、その裏にある本質を一緒に見ていきましょう。

「反動減」とは何か。統計上のマジックを解き明かす

なぜ2024年5月は異常だったのか

今回の話の鍵を握るのは、「比較している相手」、つまり2024年5月の状況です。この月は、建設業界にとって、いわば「嵐が最も激しかった月」でした。

その最大の理由は、「ゼロゼロ融資」の返済猶予期間が終わり、返済が本格的に始まったことにあります。コロナ禍でなんとか持ちこたえていた企業も、いよいよ自力での返済という現実に直面しました。その結果、もともと経営体力が弱っていた企業が一斉に資金繰りに行き詰まり、倒産件数が歴史的に見ても異常なほど急増したのです。

つまり、2024年5月は、いわば「比較の基準点」としては高すぎる、特殊な月だったと言えます。その異常に高かった月と比べるからこそ、2025年5月の数字が見かけ上、大きく減ったように見えてしまうのです。これは、調査機関自身も指摘している客観的な事実です。

データで見る「去年」と「今年」

実際の数字を比べてみると、この状況がよりはっきりとわかります。

調査機関対象2024年5月 (去年)2025年5月 (今年)結果
帝国データバンク建設業190件157件-17.4%
東京商工リサーチ建設業約193件167件-13.4%

この表が示す通り、比較対象である去年の件数が「190件前後」と非常に高い水準にあったことが、今年の減少率に大きく影響していることが一目瞭然です。

【ことば解説】ベース効果(反動減)とは
比較する時点(ベース)の数字が、特別に高かったり低かったりするために、その後の変化率が実態以上に大きく見えてしまう統計上の現象です。例えば、テストで一度30点を取った人が次に60点を取ると「点数が2倍になった」と大きな成長に見えますが、常に80点を取っている人が85点を取っても「少し上がった」くらいにしか見えないのと似ています。基準にする数字によって、見え方が大きく変わるのです。

高止まりする倒産件数、これが本当の危機

月次データに惑わされない長期的な視点

ある一部分だけを切り取って物事を判断するのは危険です。5月の単月の数字だけを見るのではなく、もっと長い期間、例えば年初からの合計件数を見てみましょう。そうすると、全く違う景色が見えてきます。

実際に、2025年の1月から5月までの倒産件数を合計すると、799件にのぼります。この数は、前の年の同じ期間(823件)よりはわずかに少ないものの、一昨年(2023年)やその前の年(2022年)のペースを大幅に上回る、非常に高い水準です。

これは、建設業界の倒産が、2022年頃から明らかに「高いレベルのまま、なかなか下がらない」という新しいステージに入ってしまったことを意味しています。5月の減少は、この厳しい右肩上がりのトレンドの中の、ほんの小さな揺り戻しに過ぎません。

高速道路の渋滞に例えると

この状況を、高速道路の渋滞に例えてみましょう。

昨日は事故の影響で「20km」という、とんでもない大渋滞が発生していました。今日は少し状況が改善し、渋滞は「15km」になりました。

このとき、あなたは「交通はスムーズだ」と感じるでしょうか。おそらく感じないはずです。「昨日よりはマシだけど、まだひどい渋滞だ」と思うでしょう。

建設業界の倒産もこれと同じです。去年の異常な状況から見れば少し減っていますが、業界全体としては、依然として深刻な「渋滞」、つまり倒産が高水準で続く危機的な状況から抜け出せていないのです。

ここまで見てきたように、5月の倒産件数の減少は、統計上のトリックとも言える「反動減」によるものでした。そして、より長期的な視点で見れば、業界は依然として倒産が「高止まり」しているという厳しい現実に直面しています。

では、なぜこのように多くの企業が苦しみ続けているのでしょうか。次の章では、この危機の根本原因である、建設業界を襲う「4つの嵐」について、さらに詳しく掘り下げていきます。

第2章 あなたの会社は大丈夫か。建設業を襲う「4つの嵐」

第1章では、5月の倒産件数の減少が「反動減」という統計上の見せかけであり、業界全体としては依然として倒産が「高止まり」しているという厳しい現実を確認しました。では、なぜこのような状況が続いているのでしょうか。

その答えは、単一の原因にあるのではありません。今の建設業界は、複数の巨大な問題が同時に押し寄せる「パーフェクト・ストーム」の真っ只中にあります。この章では、その嵐を構成する「4つの要因」を、一つひとつ詳しく見ていきます。これらは、すべての建設事業者が直面している、避けては通れない課題です。

嵐の正体、データで見る倒産の主な要因

まず、実際にどのような理由で企業が倒産しているのか、データを見てみましょう。これは、嵐の正体を具体的に知るための手がかりとなります。

倒産の主な要因2025年5月の状況 (帝国データバンク調査)背景と特徴
物価高倒産23件 (全産業の中で最多)資材価格の高騰分を工事価格に上乗せできず、利益を圧迫しています。特に下請け企業で深刻です。
後継者難倒産13件 (全産業の中で2番目に多い)経営者の高齢化と引退で、事業を継ぐ人がおらず継続が不可能になっています。
人手不足倒産7件従業員の採用難や退職、人件費の高騰が直接の原因です。「2024年問題」でさらに厳しくなっています。

このデータからも、これからお話しする「物価高」「人手不足」「後継者難」が、倒産の大きな引き金になっていることがわかります。

第一の嵐、「2024年問題」という時間の制約

法律が変えた「働く」のルール

2024年4月から、建設業にも時間外労働の上限規制、いわゆる「2024年問題」が本格的に適用されました。これは、単なるルール変更ではありません。業界のビジネスモデルそのものを根底から揺るがす、大きな構造変化です。

これまでの建設業界では、厳しい工期を守るために、現場の皆さんの長時間労働に頼ってきた側面がありました。しかし、法律(労働基準法第36条)によって、そのやり方はもう通用しなくなりました。これからは、「限られた時間の中で、いかに仕事を進めるか」という、全く新しい発想が求められます。

会社にとっては、これは厳しい選択を迫られることを意味します。人を増やして対応しようにも、人手不足で簡単にはいきません。残業代を増やせば、会社の利益は減ってしまいます。かといって受注を減らせば、売上そのものがなくなります。このジレンマが、じわじわと企業の体力を奪っているのです。

第二の嵐、「人」がいないという静かな危機

減り続ける仲間、チームの存続問題

「2024年問題」が今いる人々の働き方に制約を加える一方で、建設業界はもっと根源的な「そもそも働く人がいない」という問題に直面しています。これは「人手不足」と「後継者難」という、二つの顔を持つ危機です。

人手不足

若い世代がなかなか入ってこない。一方で、業界を支えてきた熟練の職人さんたちは、次々と引退していく。この入口が狭く、出口が広いという状況が、現場の人手不足をますます深刻にしています。仕事はあるのに、それを行う人がいない。これが「人手不足倒産」の現実です。

後継者難

さらに深刻なのが、会社の未来を引き継ぐ「後継者」がいない問題です。特に中小企業では、社長個人の技術や信用で会社が成り立っているケースが多くあります。その社長が引退を決めたとき、会社そのものを引き継ぐ人がいなければ、たとえ黒字経営であっても会社をたたむしかありません。これが「後継者難倒産」です。日本の人口構造を考えれば、この問題は今後ますます深刻化することが確実視されています。

第三の嵐、「物価高」と利益なき繁忙

サンドイッチ屋さんの苦悩

この問題を、サンドイッチ屋さんに例えてみましょう。
パンやハム、野菜といった材料の値段がどんどん上がっています。当然、サンドイッチの値段も上げないと、お店は儲かりません。しかし、大口の契約先であるオフィスビルからは「値段は今まで通りで」と強く言われてしまい、値上げができません。

建設業界で起きているのも、これと全く同じ構図です。鉄骨や木材、燃料といった資材の価格は高騰し続けています。しかし、元請け企業との力関係などから、そのコスト上昇分を工事の請負価格に上乗せできない。これを「価格転嫁ができない」状態と呼びます。

結果として、現場は忙しく、売上は上がっているのに、利益は全く残らない「増収減益」や、仕事をすればするほど赤字が膨らむ「赤字受注」という、笑えない事態に陥ってしまいます。物価高倒産の多発は、この業界の構造的な問題が引き起こした悲劇なのです。

【ことば解説】価格転嫁(かかくてんか)とは
原材料や燃料費など、仕入れコストが上がった分を、自社が提供する製品やサービスの販売価格に上乗せすることです。これができないと、コストの上昇分をすべて自社で吸収することになり、利益が圧迫されてしまいます。

第四の嵐、「ゼロゼロ融資後」という最後の審判

外された人工呼吸器

コロナ禍の厳しい時期、多くの企業は「ゼロゼロ融資」という、いわば「人工呼吸器」のような制度に支えられてきました。しかし、その支援期間が終わり、今、その返済が本格的に始まっています。

これは、企業の真の体力が問われる「最後の審判」の始まりを意味します。これまで先延ばしにされてきた課題と向き合わなければなりません。

しかも、企業は今、二重の負担に苦しんでいます。一方で、これまでに述べた人件費や資材費の高騰に対応するための運転資金が必要です。もう一方では、過去の借金であるゼロゼロ融資の返済もしなければなりません。このキャッシュフローの圧迫が、企業の経営を直撃しているのです。

このように、建設業界は「時間」「人」「物価」「資金」という4つの巨大な嵐に同時に見舞われています。これらは個別の問題ではなく、互いに影響し合いながら、その破壊力を増しています。

では、この未曾有の嵐は、どのような企業に最も大きな被害をもたらしているのでしょうか。次の章では、この危機が業界のどの部分を直撃しているのか、よりミクロな視点で分析していきます。

第3章 危機は「小さな会社」からやってくる。倒産企業のリアルな姿

第2章では、建設業界を襲う「4つの嵐」について解説しました。しかし、この巨大な嵐は、業界のすべての会社に平等に吹きつけているわけではありません。雨風が特に強く当たる場所と、そうでない場所があるように、この危機もまた、特定の地域や特定の規模の企業に、より深刻なダメージを与えています。

この章では、カメラのズームレンズを覗き込むように、よりミクロな視点でこの危機の実態を見ていきます。一体、どのような会社が、どのような場所で、最も大きな打撃を受けているのでしょうか。そのリアルな姿を知ることは、自社の立ち位置を確認し、未来を考える上で極めて重要です。

地域間の人材争奪戦。熊本が引き起こす「労働力の真空地帯」

強力な掃除機に吸い込まれる人々

今の日本で起きていることを、一台のとても強力な掃除機に例えてみましょう。
例えば、ここ熊本県で進んでいる巨大な半導体工場の建設プロジェクト。これは、業界にとって非常に大きなビジネスチャンスですが、同時に、強力な掃除機のように機能しています。

高い賃金や良い労働条件を提示することで、この「掃除機」は、宮崎県、鹿児島県、大分県といった周辺の地域から、腕利きの職人さんや技術者たちを強力に吸い込んでいきます。これは、全国各地の再開発や大型プロジェクトでも同様に起きている現象です。

その結果、何が起きるでしょうか。人材を「吸い取られた」側の地域では、地元の建設会社が深刻な人手不足に陥ります。彼らは巨大プロジェクトが提示するような高い賃金を払う体力がないため、人材の流出を止めることができません。こうして、地域経済を支えるべき場所に人がいなくなる「労働力の真空地帯」が生まれてしまうのです。

つまり、地域ごとの倒産件数の違いは、単にその地域の景気が良いか悪いかだけの問題ではありません。地域を越えた熾烈な「人材の奪い合い」が、企業の存亡を直接左右する時代に突入したことを物語っています。

データが語る現実。危機は「末端」を直撃する

倒産企業のプロフィール

では、具体的にどのような会社が倒産という現実に直面しているのでしょうか。データは、その残酷なほど明確な姿を私たちに見せてくれます。

分析の切り口倒産企業の特徴 (2025年5月・全産業データより)これが意味すること
負債額6割以上が5,000万円未満の小規模案件日々の資金繰りに追われる、小規模な会社が中心です。
資本金7割以上が資本金1,000万円未満・個人事業主会社の体力の源泉である資本基盤が、極めて脆弱です。
従業員数約9割が10人未満の零細企業一人の退職が、会社の存続を揺るがしかねない状況です。

このプロフィールから浮かび上がるのは、体力のある大企業ではなく、業界の最前線、サプライチェーンの末端を支える「中小・零細企業」が、この危機で集中的に倒れているという事実です。

ジェンガで考える業界構造の危機

建設業界の構造を、ブロックを積み上げたゲーム「ジェンガ」に例えてみましょう。

一番上には、誰もが知っている大手ゼネコンのブロックが乗っています。しかし、そのタワー全体を支えているのは、基礎工事、鉄筋、左官、電気、配管など、それぞれの専門技術を持つ、数えきれないほど多くの小さなブロック(中小・零細の専門工事業者)です。

今起きているのは、このタワーの土台を支える小さなブロックが、一本、また一本と、静かに抜き取られているような状況です。一つひとつのブロックは小さくても、それらが失われ続けることで、タワー全体がぐらつき、やがては一番上の大きなブロックでさえも、安定を失ってしまう危険性があります。

これは、単に「弱い会社が淘汰されている」という話ではありません。業界全体の技術力や生産能力、つまり「建物を建てる力」そのものが、土台から侵食されている「空洞化」という、より深刻な問題なのです。

【ことば解説】サプライチェーンとは
製品やサービスが、原材料の調達から製造、在庫管理、配送、販売を経て、最終的に消費者の手元に届くまでのプロセス全体の連鎖のことです。建設業では、元請けから一次下請け、二次下請け、資材納入業者といった協力会社全体のつながりを指します。

ここまで見てきたように、建設業界の危機は、全国一律に起きているわけではありません。巨大プロジェクトの周辺で起きる「人材獲得競争」と、業界の基盤を支える「中小・零細企業」の脆弱性という、二つの側面が交差する場所で、特に深刻化しています。

それでは、この厳しくも避けられない現実を踏まえ、私たちは今後どのような未来を予測し、何をすべきなのでしょうか。最終章となる次の章では、今後の展望と、この危機を乗り越えるための戦略について考えていきます。

第4章 「倒産2,000件時代」を生き抜くための3つの処方箋

これまでの章で、私たちは5月の倒産件数減少が「見せかけ」であること、その裏で「4つの嵐」が吹き荒れていること、そしてその嵐が特に「中小・零細企業」という業界の土台を直撃していることを確認してきました。

この最終章では、これらの厳しい現実を踏まえ、未来に目を向けます。これから建設業界はどうなっていくのか。そして、この嵐の時代を生き抜き、未来のチャンスを掴むために、私たちは何をすべきなのか。具体的な「処方箋」として、3つの戦略を皆さまと一緒に考えていきたいと思います。

予測される未来、倒産が「新たな常態」になる時代

ゲームのルールが変わってしまった

専門家の間では、建設業界の倒産は、今後も緩やかに増え続けるという見方で一致しています。具体的には、年間の倒産件数が2,000件を超えるレベルが、これからの「新たな常態(ニューノーマル)」になる可能性が高いと言われています。

なぜでしょうか。それは、第2章で見た「4つの嵐」が、一時的な天候の悪化ではなく、地球の気候そのものが変わってしまったような、不可逆的で構造的な変化だからです。

これをサッカーに例えるなら、これまでは「1チーム11人」で戦っていたのが、法律や社会の変化によって、これからは「1チーム9人」で戦いなさい、とルール自体が変わってしまったようなものです。この新しいルールに適応できないチームが、試合に負けて淘汰されていく。今起きているのは、このような痛みを伴うが避けられない、業界の再編プロセスなのです。

未来を切り拓く3つの処方箋

厳しい未来予測に、暗い気持ちになるかもしれません。しかし、ルールが変わったのなら、新しい戦術を考えればいいのです。変化に適応する企業には、必ず新たな成長のチャンスが生まれます。ここでは、そのための具体的な3つの処方箋を提案します。

処方箋1:テクノロジーを「特別なもの」から「当たり前の道具」へ

これまで「ICT」や「DX」というと、一部の大企業が使う特別なもの、というイメージがあったかもしれません。しかし、これからは違います。これらは、金槌や電動ドライバーと同じ、現場の「当たり前の道具」になります。

例えば、現場の進捗管理にアプリを使えば、移動時間や報告書作成の手間を大幅に減らせます。これは「2024年問題」で厳しくなった労働時間を有効に使うための強力な武器になります。また、若手にとっては、ITツールを使いこなせる職場の方が、魅力的で働きやすいと感じるでしょう。

もはや、テクノロジーの導入は「やるか、やらないか」の選択肢ではありません。生き残るための「必須科目」なのです。

処方箋2:「人」をコストではなく、会社の最も重要な「財産」と考える

これからの時代、企業の競争力は「どれだけ優秀な人材を確保し、育てられるか」で決まります。そのためには、発想の転換が必要です。従業員を、給料を払う「コスト」と見るのではなく、会社の価値を生み出す最も重要な「財産(人的資本)」と位置づけるのです。

具体的には、競争力のある給与体系はもちろん、週休二日制の徹底や有給休暇の取得しやすい環境づくりなど、魅力的な労働環境の整備が不可欠です。また、自社でトレーニングセンターを設けたり、資格取得を積極的に支援したりするなど、技能継承への投資も重要になります。

厳しい言い方をすれば、これからは「人が会社を選ぶ」時代です。「この会社で働きたい」「ここで技術を身につけたい」と選ばれる会社だけが、「人手不足」という危機を乗り越えることができます。

処方箋3:1社で戦わない。「連携」という新しい選択肢

4つの嵐が吹き荒れる中、すべての課題を1社だけで解決するのは、非常に困難です。特に中小企業にとっては、その負担は計り知れません。そこで重要になるのが、「連携」という考え方です。

例えば、同業の仲間と合併(M&A)することで、会社の規模を大きくし、経営基盤を安定させることができます。また、共同で資材を仕入れてコストを削減したり、共同で若手育成の仕組みを作ったりすることも有効です。

これは、決して「負け」ではありません。変化する環境の中で、会社と従業員を守り、事業を継続させていくための、極めて合理的な「戦略」なのです。1社で抱え込まず、周りを見渡し、手を取り合う勇気が今、求められています。

まとめ

4回にわたってお届けしてきたこの記事の旅も、ここで終わりです。
2025年5月の倒産件数の減少は、嵐の中の束の間の晴れ間に過ぎませんでした。その裏側では、「時間」「人」「物価」「資金」という4つの構造的な嵐が、業界のあり方を根本から変えようとしています。

今起きているのは、単なる不況ではありません。それは、旧来のやり方から、より生産性が高く、持続可能な新しいモデルへと移行する過程で生じる、痛みを伴うが避けられない「構造調整」です。

この巨大な変化は、業界を「適応できる者」と「淘汰される者」へと二極化させるでしょう。未来は、テクノロジーを使いこなし、人を財産として大切にし、そして時には連携という新しい選択肢を選べる、変化に柔軟な企業にのみ開かれます。

この記事が、皆さまにとって自社の現状を再点検し、未来への一歩を踏み出すための、小さなきっかけとなれば幸いです。

終わりに

「はじめに」で投げかけた、2025年5月の倒産件数17.4%減少という一つの数字。そこから始まったこの長い分析の旅も、今回で最後となります。最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

私たちは、この数字が「嵐の中の束の間の晴れ間」に過ぎないこと、そしてその穏やかな水面下では、「時間」「人」「物価」「資金」という4つの巨大な潮流が渦巻き、業界の地形そのものを変えようとしている現実を、共に見てきました。

もはや、これは過ぎ去るのを待てばよい一時的な天候の悪化ではありません。それは、建設業界というフィールドのルールそのものを、恒久的に、そして不可逆的に変えてしまった地殻変動です。

この巨大な圧力は、業界を二つの道へと分けるでしょう。一つは、これまでのやり方に固執し、変化するルールに対応できずに淘汰されていく道。そしてもう一つは、この危機を変化の好機と捉え、新しい戦術と道具を手に未来を切り拓いていく「適応者」の道です。

どの道を選ぶのか。その選択は、今、この記事を読んでくださっている皆様一人ひとりの手に委ねられています。

この危機は、確かに痛みを伴います。しかし、それは同時に、これまで当たり前とされてきた慣習やビジネスモデルを見つめ直し、自社をより強く、よりしなやかで、持続可能な組織へと生まれ変わらせるための、またとない「創造的破壊」の機会でもあります。

本稿が、皆様の会社の羅針盤を再確認し、荒波の先にある新しい大陸へ向かうための、力強い一歩を踏み出すための一助となれたのであれば、これに勝る喜びはありません。

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