地方建設業における競争優位性の再構築:5レイヤーモデルによる事業領域の拡張と人材戦略
第1章:序論 —— 地方建設業が直面する構造的課題の分析
建設産業は今、かつてない構造的な転換点にあります。多くの地方建設企業が「人材不足」と「利益率の低下」を経営課題として挙げますが、これらは個別の事象ではなく、従来のビジネスモデルが限界を迎えたことによる複合的な症状です。本章では、解決策を論じる前の前提として、現在進行系で起きている産業構造の変化を冷静に分析します。
1-1. 「機能提供型ビジネス」のコモディティ化
かつて建設業における競争優位の源泉は、明確に「技術力」でした。より早く、より安く、より精度の高い構造物を作る能力(QCDF:Quality, Cost, Delivery, Flexibility)が、そのまま企業の差別化要因となっていた時代です。しかし、技術の標準化が進み、重機や施工管理ソフトウェアの性能が底上げされた現在、施工品質における企業間の格差は極めて縮小しています。
ビジネス戦略の視点から見れば、これは典型的な「コモディティ化(汎用品化)」の現象と言えます。
【コモディティ化の定義】
市場参入企業間の技術力や製品品質が拮抗し、顧客から見て「どの会社に発注しても大差ない」と認識される状態。この段階に至ると、差別化要素は「価格」のみに収斂し、過度な価格競争(レッドオーシャン)が不可避となります。
多くの地方建設会社において、「ウチには技術がある」という主張が顧客(発注者や元請け)に響かなくなっているのは、市場全体が一定の技術水準(Base Level)をクリアしてしまっているからに他なりません。構造物を物理的に完成させる「機能の提供」だけでは、もはや付加価値を生みにくい構造になっていることを、経営層は直視する必要があります。
この「機能提供の限界」こそが、利益率の圧迫と、後述する採用難の遠因となっています。
1-2. 人材不足の深層要因分析
建設業における有効求人倍率の高止まりや、若手社員の早期離職率は、単なる「労働人口の減少」というマクロ要因だけでは説明がつきません。他産業と比較しても顕著な人材流出の背景には、「職業的意義(Why)の構造的欠如」が存在します。
現代の労働市場、特にデジタルネイティブ世代以降の人材は、職業選択において「報酬」や「安定」と同等、あるいはそれ以上に「社会的意義」や「自己効力感」を重視する傾向にあります。しかし、既存の建設業の採用コミュニケーションは、依然として以下の要素に留まっていることが多いのが現状です。
- スペック情報の提示: 給与、休日数、福利厚生の羅列。
- 感覚的な訴求: 「アットホームな職場」「地図に残る仕事」といった抽象的なスローガン。
- 機能の強調: 「最新の重機に乗れる」「資格が取れる」というスキル面のメリット。
欠落しているのは、「なぜ、その道路を作る必要があるのか」「その施工が地域社会にどのような豊かさをもたらすのか」という、業務の根底にある文脈(Context)の提示です。日々の業務が「単なる土砂の運搬」や「コンクリートの打設」という作業(Doing)としてのみ認識され、その先にある目的(Being)が見えない時、人間は労働を単なる苦役として認識してしまいます。
「きつい・汚い・危険」という物理的なマイナス要素が離職の直接原因とされることが多いですが、本質的には、そのマイナス要素を相殺するだけの「精神的報酬(誇り・意義)」を提供できていない組織構造にこそ、真の問題があると言えます。
1-3. 本レポートの目的と戦略フレームワーク
上述した「機能提供のコモディティ化」と「職業的意義の欠如」という2つの課題は、実は表裏一体です。これらを解決するためには、建設業の定義を「構造物を作ること(物理的レイヤー)」から、「地域社会を維持・発展させること(社会的レイヤー)」へと拡張する必要があります。
本レポートでは、この拡張を観念的な精神論で終わらせず、実務に落とし込むための戦略モデルとして「5レイヤーモデル」を提示します。建設業を以下の5階層で捉え直すアプローチです。
- 第1層(物理): 構造物・インフラの施工
- 第2層(生活): 利便性・安全性の担保
- 第3層(関係性): 行政・地域住民との合意形成・信頼蓄積
- 第4層(物語): 企業理念と地域課題の接続
- 第5層(未来): 地域人口動態や都市計画との事業整合
次章以降では、このモデルを用いて自社の事業領域を再定義し、差別化された競争優位を築くための具体的な手法を論じます。これは、単なるCSR(企業の社会的責任)活動の推奨ではなく、縮小する地方経済の中で建設企業が生き残るための、合理的かつ冷徹な生存戦略です。
第2章:建設業の再定義 —— 「5レイヤー構造」による事業価値の多層化
建設業が提供している価値は、単一ではありません。物理的な構造物を作ることはあくまで一部であり、実際には地域社会との合意形成や、将来の都市機能の担保など、多岐にわたる機能を提供しています。しかし、多くの企業はこれらを「建設業」という大きな括りで認識しているため、自社の強みや収益源泉が曖昧になっています。
本章では、建設業の業務構造を5つの階層(レイヤー)に分解・可視化し、どの層が今後の差別化要因となるかを分析します。
2-1. 第1層(物理)と第2層(生活):既存業務の限界
まず、建設業の基礎となる下位2層について定義します。これらは事業継続の「前提条件」ではありますが、もはや「差別化要因」にはなり得ない領域です。
- 第1層【物理(Physics)】:構造物・インフラの施工図面通りに、工期内で、規定の品質を満たす構造物を作り上げる機能です。「良いものを作る」という建設業の原点ですが、前章で述べた通り、技術の標準化により差別化が困難になっています。
- 第2層【生活(Life)】:利便性・安全性の担保その構造物がもたらす直接的な機能価値です。「道路ができて移動時間が短縮された」「堤防ができて水害が防げた」といった便益です。これは発注仕様書に定められた成果(Output)であり、達成して当たり前の領域です。
多くの地方建設業者は、この第1層・第2層での競争に終始しています。「他社より安く施工します(第1層の価格競争)」「より安全な工法です(第1層の技術競争)」という訴求は重要ですが、これだけでは価格の叩き合いから抜け出すことはできません。
2-2. 第3層(関係性):地域・行政との合意形成プロセス
ここからが、地方建設業における真の競争優位の源泉となります。
- 第3層【関係性(Relationship)】:合意形成・信頼蓄積
建設プロジェクト、特に公共工事や大規模開発において、最も困難で時間を要するのは「施工そのもの」ではなく、着工に至るまでの「調整業務」です。用地交渉、地元住民への説明、騒音・振動への苦情対応、行政手続きの複雑さ。これらを円滑に進める能力こそが、実は発注者(行政や民間デベロッパー)が最も求めている「安心感」です。
長く地域に根ざした建設企業には、以下のような「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」が蓄積されています。
- 「あの会社の社長が言うなら話を聞こう」という、地元有力者との信頼関係。
- 過去の災害対応などで培われた、行政担当者との阿吽の呼吸。
- 地域の祭りや行事への参加を通じて得られた、地域住民との感情的な繋がり。
これらは、新規参入企業や大手ゼネコンが資本力に物を言わせて参入してきても、一朝一夕には模倣できない強固な参入障壁(Moat)となります。第3層の価値を言語化し、「我々は工事だけでなく、地域の合意形成コストを最小化できる」とアピールすることは、非常に強力な差別化戦略となります。
2-3. 第4層(物語)と第5層(未来):採用と経営戦略の核
上位2層は、直接的な利益だけでなく、採用ブランディングと長期的経営戦略に関わる領域です。
- 第4層【物語(Narrative)】:企業理念と地域課題の接続「なぜ、我々がこの地域で事業を行うのか」というコンテキスト(文脈)です。例えば、「過疎化が進むこの村のインフラを守り、最後の1人が住み続けられるまで支える」というような、企業の存在意義の提示です。現代の若手人材は、第1層(給与・技術)だけでなく、この第4層に共感した時に定着します。採用活動においては、施工実績の写真を見せるよりも、この「物語」を語ることが重要です。
- 第5層【未来(Future)】:地域人口動態や都市計画との事業整合最も上位の概念であり、経営者の視座が問われる領域です。地域の人口推計や産業構造の変化を見据え、自社の事業ポートフォリオを最適化することです。例えば、「10年後には空き家が増加する」という予測に基づき、新築偏重からリノベーションやエリアマネジメントへ軸足を移す、といった戦略判断がこれに当たります。
この「5レイヤーモデル」を通じて自社を見直すと、多くの企業が第1層・第2層の現場業務に忙殺され、第3層の価値を過小評価し、第4層・第5層の言語化を後回しにしている現状が見えてきます。
次章では、特にボトルネックとなりやすい「人材定着」の問題に対し、このモデルを応用した具体的な教育手法「歴史的コンテキストのインストール」について解説します。
第3章:人材定着のメカニズム —— 職業的意義(Why)の歴史的再構築
建設業界における若手社員の早期離職は、もはや「近頃の若者は根性がない」という精神論で片付けられる問題ではありません。これは、業務における「意義(Why)」が伝達されていないことによる、モチベーション設計の構造的な欠陥(エラー)です。
本章では、給与や待遇の改善といった対症療法ではなく、社員の内発的動機づけに働きかける「歴史的コンテキストの教育」について解説します。
3-1. 「手段(How)」の教育から「目的(Why)」の教育へ
多くの建設会社で行われている新人研修やOJTは、圧倒的に「How(どうやってやるか)」に偏重しています。安全管理の手順、重機の操作方法、CADの使い方、施工管理のフローなど、これらは業務遂行に不可欠な「手段」ですが、それだけでは人は定着しません。
人間が組織に所属し続けるには、以下の3つの階層の充足が必要です。
- What(何をするか): 業務内容の明確化
- How(どうするか): スキル・技術の習得
- Why(なぜするか): 業務の社会的意義・目的の理解
現状の建設業の教育カリキュラムは、この「Why」が個人の解釈任せになっています。「地図に残る仕事だから」「社会のためになるから」といった漠然としたスローガンではなく、論理的かつ歴史的な裏付けのある「Why」を知識体系としてインストールする必要があります。
「Why」が欠如した状態で、厳しい現場環境(Howの習得)に晒されれば、社員が「割に合わない」と感じて離脱するのは合理的な判断と言えます。
3-2. 歴史的コンテキストのインストール
では、建設業における「Why」とは何でしょうか。これを定義するために有効なのが、土木・建築の歴史的背景を紐解くことです。
英語で土木を指す「Civil Engineering」という言葉は、直訳すれば「市民のための工学」です。かつて、技術(Engineering)は軍事(Military)のために存在していましたが、それを市民の生活を豊かにするために転用したのが建設業の始まりです。この歴史的事実に基づき、建設業の役割を以下の2点に再定義し、社員へ教育します。
① Security(生存・安全の担保)
日本、特に自然災害の多い地域において、土木技術は「人間が自然の猛威から生き延びるための防壁」として発展してきました。治水、砂防、耐震構造などは、経済活動以前の「生命維持装置」です。
社員に対し、「君たちが打っているコンクリートは、数十年後に発生するかもしれない洪水から、地域住民の命を守る盾である」という事実を、過去の災害史やハザードマップと紐付けて論理的に教える必要があります。
② Amenity(快適・文化の向上)
生存が担保された上で、人間らしい文化的な生活を送るための基盤整備です。上下水道、道路、公園、公共施設などがこれに該当します。
「単なる道路工事」ではなく、「物流を支え、救急車両を通し、子供たちが学校へ通うための血管を作っている」という認識を持たせます。
このように、自社の業務を「Security」と「Amenity」という歴史的な文脈の中に位置づけることで、社員は自らを「単なる作業員」ではなく、「地域社会の守護者」として認識するようになります。このアイデンティティの転換(パラダイムシフト)こそが、離職を防ぐ最強のアンカーとなります。
3-3. 現場における「翻訳者」としての役割
歴史的意義(Why)を理解した技術者は、現場での役割定義も変化します。図面上の線や数値を、現実の風景に変換する作業は、一種の「翻訳」と言えます。
- 図面(二次元・抽象): 設計者の意図や物理法則
- 現場(三次元・具体): 実際の構造物、そこを利用する人々の生活
現場監督や職人は、この「図面」という専門的な情報を、地域の未来という「現実」へ翻訳して実装する高度な専門職です。
経営者や管理職は、現場視察や朝礼の際に、進捗確認(Howのチェック)だけでなく、この翻訳の質(Whyの確認)を問うべきです。 「この擁壁があることで、この地区の安全性はどう変わるか?」「この道路が開通した後、住民の生活動線はどう変化するか?」といった問いかけを繰り返すことで、社員の中に「まちづくり視点」が定着します。
この「意義の再構築」は、一見遠回りに見えますが、社員の帰属意識を高め、結果として採用コストや教育コストの削減(離職率低下による投資効率向上)に直結する、極めて実利的な経営戦略です。
第4章:採用戦略の転換 —— コンテンツ・ドリブンによる「哲学」の商品化
前章までで、社内における「職業的意義の再構築」について述べました。このプロセスで言語化された「企業の哲学」や「教育カリキュラム」は、単なる社内資料として留めておくにはあまりに惜しい資産です。
本章では、これらの内部資産を外部へ公開(コンテンツ化)し、採用市場における競争優位性を確立する「コンテンツ・ドリブン戦略」について解説します。これは、高額な求人広告費を払い続ける「狩猟型」の採用から、自社の魅力に共感する人材を引き寄せる「農耕型」への転換を意味します。
4-1. 組織文化の外販モデル(サイボウズ・モデルの応用)
建設業界とは業種が異なりますが、グループウェア大手の「サイボウズ株式会社」の戦略は、地方建設業にとって極めて示唆に富むモデルケースです。
同社はソフトウェア(機能)を販売する一方で、「働き方改革」や「チームワークあふれる社会を作る」という「組織の哲学・ノウハウ」自体を強力なコンテンツとして発信しています。結果として、「ソフトウェアの機能」だけでなく、「その会社が提唱する思想」に共感する顧客と人材が集まるエコシステムを構築しました。
これを建設業に応用すると、以下のようなパラダイムシフトが可能です。
- 従来モデル: 「技術(施工能力)」を売り、「労働条件」で人を釣る。
- 新モデル: 「まちづくりへの思想(哲学)」を売り、「共感」で人を集める。
地方の中小建設企業が、給与や福利厚生のスペック競争で大手ゼネコンに勝つことは構造的に不可能です。しかし、「どのような想いで地域を守っているか」という哲学の領域において、資本の多寡は関係ありません。自社の組織文化そのものを「商品(コンテンツ)」として定義し直す視点が求められます。
4-2. 教育コンテンツの外部公開と採用ブランディング
具体的に何をコンテンツ化すべきか。最も効率的かつ効果的なのは、第3章で述べた「歴史・意義教育のカリキュラム」をそのまま社外へ公開することです。
例えば、社内研修用に作成した「地域の土木史」や「災害対策の論理的背景」を解説する資料や動画を、オウンドメディア(ブログやYouTube等)で公開します。これにより、以下の「フィルタリング効果」が生まれます。
① 共感層のスクリーニング(惹きつける)
一般的な求職者は「給与・休み」を見ますが、優秀な層や潜在的な業界志望者は「学べる環境」「仕事の深み」を探しています。専門的かつ歴史的な背景を解説するコンテンツは、「この会社に入れば、単なる作業員ではなく、専門家として成長できる」という期待値を醸成します。
② ミスマッチの回避(弾く)
逆に、こうした少し堅い、真面目なコンテンツに対して「難しそうだ」「面倒くさそうだ」と感じる層は、応募の段階で自然と離脱します。これはネガティブな要素ではなく、入社後の早期離職(ミスマッチ)を未然に防ぐための、採用コスト削減プロセスとして機能します。
「うちは知名度がないから応募が来ない」のではなく、「自社の情報を正しく(スペック以外の文脈で)露出していないから認知されない」のが実情です。教育コンテンツの公開は、最もコストパフォーマンスの高い採用広報となります。
4-3. 差別化の最終形としての「思想の非代替性」
経営戦略のフレームワークに、VRIO分析(経済価値、希少性、模倣困難性、組織)があります。建設業において、特許工法や最新重機は、資金さえあれば他社も導入可能であり、「模倣困難性」は低くなります。
しかし、「その会社が地域とどう向き合い、何を大切にしてきたか」という歴史と哲学(ナラティブ)は、他社が絶対にコピーできない固有の資産です。
【思想の非代替性】
A社とB社が同じ技術で同じ道路を作れるとしても、A社が「地域の歴史を継承するために作る」と語り、そのための教育体制を持っているならば、A社のサービス(および採用ブランド)はB社と代替不可能なものとなる。
コンテンツ・ドリブン戦略の最終的な目的は、採用数そのものよりも、この「代替不可能性」の確立にあります。「給料が高いから選んだ」人材は、より給料が高い会社があれば即座に転職します。しかし、「この会社の考え方に共感した」人材は、容易には流出しません。
情報をオープンにし、自社の哲学を市場に問うことは、単なる広報活動を超えた、組織の生存率を高めるための防衛策(リスクヘッジ)なのです。
承知いたしました。第4章までの「哲学」「歴史」「採用」といったソフト面の話を、経営者にとって最も関心の高い「数字(利益・コスト)」と「リスク」の側面に落とし込む第5章を執筆します。
ここでは、「まちづくり視点を持つこと」が、単なるきれいごとではなく、行政手続きや資金調達における強力な武器(ROI向上要因)となることを、行政書士的な視座から解説します。
第5章:実務的メリットとリスク管理 —— 行政視点からのROI分析
ここまで、組織文化や採用戦略といった定性的な価値について論じてきましたが、経営者にとって重要なのは「その投資が回収できるか(ROI)」という視点です。「まちづくり視点」や「歴史的コンテキストの理解」は、精神的な満足感を得るための教養ではありません。
本章では、これらが実際の開発実務、許認可取得、そして公共工事の入札において、どのように具体的利益(または損失回避)として機能するかを解説します。
5-1. 行政との「共通言語化」による許認可効率の向上
開発行為や大規模な建設プロジェクトにおいて、行政(都道府県・市町村)との協議は避けて通れません。ここで多くの事業者が直面するのが、「協議の長期化」や「手戻り」によるコスト増大です。
行政担当者の判断基準は、法律(都市計画法、建築基準法など)だけでなく、その上位概念である「総合振興計画」や「都市計画マスタープラン」に基づいています。つまり、行政は常に「点(個別の建物)」ではなく「面(エリア全体)」の整合性を管理しています。
ここで、前述の「5レイヤーモデル」の第5層(未来・都市計画)の視点が活きます。
- 視点がない企業: 「法的に問題ないから許可を出してくれ」と主張する。→ 行政は「周辺環境への配慮」を懸念し、慎重になる(審査長期化)。
- 視点がある企業: 「市のマスタープランにある『定住促進ゾーン』の方針に則り、このような開発を行う」と提案する。→ 行政との「共通言語」が成立し、パートナーとして認識される。
行政担当者にとって、自自治体の政策意図を理解している事業者は非常に扱いやすい存在です。結果として、事前協議がスムーズに進み、許認可取得までのリードタイムが短縮されます。建設業において「時間はコスト」であり、この効率化は直接的な利益率向上に寄与します。
5-2. 地域コンテキスト理解による開発リスクの低減
建設プロジェクトにおける最大のリスクの一つは、近隣住民や地元団体からの反対運動、あるいは予期せぬトラブルによる工事中断です。これらは往々にして、地域の「文脈(コンテキスト)」を無視した開発によって引き起こされます。
第3章で述べた「歴史的背景の理解」と「第3層(関係性)」の強化は、このリスクに対する「予防接種」の役割を果たします。
- 水脈・地盤の歴史: 過去に水害があった場所や、地域住民が大切にしている井戸・水路の位置などを歴史的に把握していれば、設計段階でトラブルを回避できます。
- 感情的対立の回避: 住民説明会において、単に「法的な日影規制をクリアしている」と説明するのと、「この地域の景観の歴史を尊重し、セットバックして配慮した」と説明するのでは、住民の納得感(合意形成コスト)は段違いです。
トラブルが発生してから弁護士費用や対策費を払う「事後対応」よりも、地域コンテキストを理解して設計に織り込む「事前対応」の方が、トータルコストは圧倒的に安く済みます。これは、経営における「デューデリジェンス(適正評価手続き)」の一環と言えます。
5-3. 補助金・公共事業における加点要素
最後に、売上獲得(トップライン)への貢献についてです。現在、国や自治体の公共工事発注や補助金採択の基準は、大きく変化しています。
① 総合評価落札方式における「技術提案」
価格だけでなく品質や企業の姿勢を評価する「総合評価落札方式」が一般的になっています。ここでは、「地域社会への貢献」や「防災・環境への配慮」が点数化されます。
自社の業務を「まちづくり」と定義し、普段から地域の防災活動や環境保全の文脈を持っている企業は、技術提案書において具体的かつ説得力のある記述が可能となり、落札率(勝率)を高めることができます。
② 地域課題解決型補助金の採択
事業再構築補助金や地方創生関連の交付金など、多くの公的支援制度は「地域経済への波及効果」を審査基準としています。
「新しい機械を買って生産性を上げます」という自社完結型のロジックよりも、「この事業を通じて、地域の空き家問題を解決し、商店街の回遊性を高めます」という「まちづくり視点(第4層・第5層)」のロジックの方が、採択率は格段に上がります。
このように、「まちづくり」や「歴史」を学ぶことは、行政や地域社会からの「信用スコア」を高める行為であり、それが結果として許認可のスピードアップ、リスク低減、そして受注確度の向上という形で、明確な経済的リターンをもたらします。
第6章:結論 —— 地域建設業の次なるロードマップ
本レポートでは、建設業が直面する「採用難」や「差別化の困難」という課題に対し、5レイヤーモデルを用いた構造的な解決策を提示してきました。機能(第1層・第2層)の競争から脱却し、関係性(第3層)や物語(第4層)を経営資源として活用することは、これからの地方建設業にとってオプションではなく必須の生存戦略です。
最後に、これらの戦略を自社に実装するための具体的なステップと、建設業が目指すべき「地域経営業」への進化について述べ、本稿の結論とします。
6-1. 5レイヤーモデルの実装ステップ
明日から取り組むべきアクションプランは、以下の3段階に集約されます。
ステップ1:現状分析と再定義(第3層の棚卸し)
まずは、自社が長年培ってきた「見えない資産」を可視化することから始めます。
- 過去10年間の施工実績だけでなく、そのプロセスで「誰と」「どのような信頼関係」を築いたかをリストアップする。
- 現場代理人やベテラン社員へのヒアリングを行い、「図面にはないが、現場で配慮したこと(地域住民へのケアなど)」を言語化する。
- アクション: 社内会議で「技術自慢」ではなく「苦労話(調整・解決のプロセス)」を共有し、そこにあるノウハウを抽出する。
ステップ2:歴史的コンテキストの言語化(第4層の構築)
次に、業務の「Why」を定義します。
- 自社の創業の経緯や、地域の災害史、都市開発の歴史を調査する。
- 「なぜこの会社が、この地域に必要なのか」という問いに対し、歴史的・社会的な根拠を持って答えられるようにする。
- アクション: 新人研修資料の冒頭に、「重機の操作方法」ではなく「この地域の成り立ちと土木の役割」を解説する章を追加する。
ステップ3:コンテンツ化と発信(外販・採用への展開)
最後に、内部で固めた資産を外部へ発信します。
- ステップ2で作成した教育資料を、ブログ、動画、SNS等でオープンにする。
- 求人票のメッセージを「好待遇」から「地域の未来を担う専門職(プロフェッショナル)の募集」へと書き換える。
- アクション: 自社サイトに「採用情報」とは別に、「私たちの哲学(または地域の歴史)」というページを新設する。
6-2. 建設業から「地域経営業」への進化
冒頭で、建設業の課題は「機能提供型ビジネスの限界」にあると述べました。本レポートが提案する最終的なゴールは、建設会社が「構造物を作る会社」から「地域を経営(マネジメント)する会社」へと進化することです。
地方自治体は今、人口減少と税収不足により、インフラ維持や公共サービスの担い手を切実に求めています。指定管理者制度、PFI(Private Finance Initiative)、包括的民間委託など、公共サービスの民営化は加速する一方です。
この状況下で、以下の能力を持つ組織はどこにあるでしょうか。
- 地域のインフラ(物理)を熟知し、修繕・維持できる技術力がある。
- 災害時に即座に動ける機動力と重機を持っている。
- 地域住民や行政と顔の見える信頼関係がある。
この条件をすべて満たしているのは、GoogleでもAmazonでもなく、地場の建設企業だけです。
「請負(フロービジネス)」だけに依存せず、地域の課題解決やエリアマネジメントを通じて継続的な対価を得る「地域経営(ストックビジネス)」へと事業領域を広げること。そのために、まずは足元の「採用」と「教育」から、組織のOSを書き換える必要があります。
建設業は、地域を物理的に支えるだけでなく、その文脈と未来を支えることができる唯一無二の産業です。貴社の経営戦略が、機能の競争から価値の創造へとシフトし、次世代に選ばれる企業へと変革を遂げることを切に願います。