経審W点を上げる法定外労働補償制度。加点条件と選び方を解説
法定外労働補償制度とは? まずは基本を解説
建設業を営む上で、「法定外労働補償制度(ほうていがいろうどうほしょうせいど)」という言葉を耳にする機会があるかもしれません。これは、会社の経営や従業員の安心にとって、とても大切な仕組みです。この章では、まずこの制度がどのようなものなのか、基本からやさしく解説します。
「法定外」とはどういう意味ですか
「法定外」とは、「法律で加入が義務付けられているもの“以外”の」という意味です。
日本では、従業員(労働者)を一人でも雇う場合、会社(事業主)は「労働者災害補償保険法(ろうどうしゃさいがいほしょうほけんほう)」に基づき、必ず「労災保険(ろうさいほけん)」に加入しなければなりません。これは法律で定められた国の制度であり、義務です。この国の制度による補償を「法定補償(ほうていほしょう)」と呼びます。
一方、「法定外労働補償制度」は、この国が定める最低限の補償(法定補償)に加えて、会社が任意で(自分で選んで)加入する民間の保険や共済制度のことを指します。そのため、「上乗せ労災(うわのせろうさい)」と呼ばれることもあります。
なぜ「法定外」の補償が必要なのですか
国の労災保険(法定補償)は、仕事中(業務災害)や通勤中(通勤災害)のケガや病気に対して、治療費や休業中の生活費などを補償してくれる、とても重要な制度です。
しかし、万が一の大きな事故が起きてしまった場合、国の制度だけではカバーしきれない問題が2つあります。
問題1:国の補償だけでは足りないケース
国の労災保険から支払われる金額は、法律で定められた一定の基準に基づいています。もし従業員が亡くなったり、重い障害が残ったりした場合、その後の生活を支えるために、国の補償額だけでは十分とは言えない可能性があります。
問題2:会社が負う「損害賠償責任」
さらに重要なのが、国の労災保険は、あくまで「被災した従業員」の治療や生活のために支払われるものであり、「会社(事業主)」を守るものではないという点です。
もし事故の原因が、会社側の「安全配慮義務違反(あんぜんはいりょぎむいはん)」(例:安全な足場を設置していなかった)などにあると判断された場合、会社は従業員やその家族から、慰謝料(いしゃりょう)などを含む高額な「損害賠償(そんがいばいしょう)」を請求されることがあります。この賠償金は、国の労災保険(法定補償)では一切カバーされません。
法定外労働補償制度は、これら2つの問題、特に「会社の損害賠償責任」という経営上の大きなリスクに備えるために必要な制度なのです。
経営事項審査(経審)との関わり
そして、建設業者にとって特に重要なのが、この法定外労働補償制度が「経営事項審査(けいえいじこうしんさ)」、通称「経審(けいしん)」の評価対象になるという点です。
経審は、公共工事の入札に参加するために必ず受けなければならない審査です。この審査の点数(評点)が高いほど、大きな工事を受注しやすくなります。法定外労働補償制度に加入していると、「社会性等(しゃかいせいとう)」を評価するW点(W1 労働福祉の状況)という項目で加点され、会社の評点が上がるのです。
まとめ
法定外労働補償制度とは、国の労災保険(法定補償)に「上乗せ」する民間の保険や共済制度です。主な目的は、国の補償だけでは足りない部分を補うこと、そして特に、国の労災保険ではカバーされない「高額な損害賠償責任」から会社の経営を守ることにあります。
さらに、建設業においては経審のW点の加点項目となっており、公共工事の受注を目指す上で欠かせない要素の一つです。次の章では、国の労災保険とこの法定外補償の違いについて、さらに詳しく見ていきます。
労災保険(法定補償)と法定外労働補償の違い
第1章では、法定外労働補償制度が、国の労災保険に「上乗せ」する任意の制度であることを解説しました。どちらも「仕事に関するケガや病気」に備えるものですが、その目的や補償される内容は大きく異なります。この章では、この二つの制度の決定的な違いを、わかりやすく解説します。
補償の「目的」が根本的に異なります
二つの制度の最も大きな違いは、「誰のために、何を補償するのか」という点にあります。国の労災保険(法定補償)は、厚生労働省の管轄する制度であり、主に「被災した従業員(労働者)」の生活を守るためのものです。一方、法定外労働補償は、それに加えて「会社(事業主)の経営」を賠償責任から守るという、全く別の目的も持っています。
この違いを理解するために、仕事中に事故が起きた場面を想像してみてください。
例:建設現場で従業員が転落事故に遭った場合
この事故で、会社(事業主)が直面する可能性のある「お金の支払い」は、大きく分けて2種類あります。
種類1:従業員への補償(法律上の義務)
まずは、ケガをした従業員ご本人に対する直接的な補償です。これには治療費や、仕事を休んでいる間の生活費(休業補償)などが含まれます。これは「労働者災害補償保険法」に基づき、国が補償するものです(法定補償)。
種類2:会社が負う「損害賠償責任」
もし、事故の原因が「会社が安全な足場を設置していなかった」や「適切な指導を怠っていた」といった「安全配慮義務違反(あんぜんはいりょぎむいはん)」にあると判断された場合は、話が全く変わってきます。
従業員やその家族は、「会社のせいで事故が起きた」として、国からの労災保険金とは別に、会社に対して慰謝料(いしゃりょう)や、将来得られるはずだった収入(逸失利益:いっしつりえき)など、高額な損害賠償を請求することができます。これは、国の労災保険とは「別次元」の問題として発生します。
二つの制度が補償する範囲
ここで、二つの制度がどちらの支払いに対応するのかを見てみましょう。
| 制度の名称 | 補償の対象 | 根拠 |
|---|---|---|
| 労災保険(法定補償) | 種類1:従業員の治療費や休業補償など(法律で定められた最低限の生活補償) | 法律による義務(国の制度) |
| 法定外労働補償制度 | 種類1への上乗せ(死亡・障害時の追加補償) + 種類2:会社が負う損害賠償金 | 任意加入(民間の保険・共済) |
このように、国の労災保険(法定補償)は、あくまで「種類1」の基本的な生活補償を行うものであり、「種類2」の会社が負う高額な損害賠償責任までは一切カバーしてくれません。
建設業で法定外補償が重要な理由
建設業は、他の業種に比べて重篤な事故が発生するリスクが統計的にも高いとされています。もしもの事故が起きた際、裁判所から数千万円、時には億単位の賠償を命じられる判例も少なくありません。
国の労災保険に加入しているから大丈夫、と安心していると、たった一度の事故によって、このような高額な賠償金が発生し、会社の経営が一気に傾いてしまう危険性があるのです。
法定外労働補償制度は、この「国の労災保険ではカバーしきれない会社の賠償責任リスク」(いわゆる使用者賠償責任)に備えるために存在しています。
まとめ
国の労災保険(法定補償)と法定外労働補償制度は、補償の目的が異なります。法定補償が「従業員の最低限の生活を守る」ものであるのに対し、法定外補償は「従業員への手厚い上乗せ」と、特に重要な「会社の経営を賠償責任から守る」という役割を担っています。
そして、建設業者が公共工事の入札に参加するために受ける経営事項審査(経審)では、この「会社の経営を守る備えをしているか」という視点が評価されます。次の章では、この法定外労働補償制度が、経審の点数(W点)にどのように影響するのかを具体的に見ていきます。
経営事項審査(経審)の評点(W点)への影響
第2章までで、法定外労働補償制度が、国の労災保険(法定補償)とは別に、会社の高額な賠償リスクに備えるための重要な制度であることを解説しました。建設業を営む会社にとって、この制度はもう一つ、非常に大切な役割を持っています。それが「経営事項審査(けいえいじこうしんさ)」、通称「経審(けいしん)」の評点アップへの貢献です。
経審の評価項目(X, Y, Z, W)とは何ですか
経審は、公共工事の入札に参加しようとする建設業者の経営状況や技術力などを数値化し、客観的に評価する審査です。この審査結果の点数(総合評点P)によって、入札に参加できる工事の規模が変わってきます。
この総合評点は、主に以下の4つの要素をアルファベットで分類して計算されます。ここで、ファクトチェックに基づき、各項目の正しい意味を確認しておきましょう。
| 評価項目 | 正式な分類(例) | どのような内容か |
|---|---|---|
| X点 | 経営規模等評価(X1, X2) | 会社の「営業力」や「財産」です。X1は完成工事高(売上)、X2は自己資本額や利益率など、会社の規模や儲ける力を評価します。 |
| Y点 | 経営状況 | 会社の「財務の健康状態」です。倒産しにくいか、借金と資産のバランスはどうかなど、経営の安定性を評価します。 |
| Z点 | 技術力 | 工事を施工する「技術的な力」です。技術職員(国家資格者など)の数や、工事の実績(元請完成工事高)などを評価します。 |
| W点 | 社会性等 | 会社の「社会的な責任」です。法律を守っているか、従業員の労働環境を整えているかなどを評価します。 |
W点における法定外労働補償の位置づけ
法定外労働補償制度は、この4つ目の「W点(社会性等)」の評価項目の一つに含まれています。
W点は、学校の成績で例えるなら、主要教科(売上X点や技術力Z点)の点数とは別に、社会貢献活動やルールを守る姿勢を評価する「内申点(ないしんてん)」のようなものです。
W点の評価項目は非常に多岐にわたりますが、その中に「労働福祉の状況(W1)」という分類があります。法定外労働補償制度への加入は、まさにこの「労働福祉の状況」を評価する項目として、審査基準で明確に定められています。多くの自治体の資料では、このW1の項目全体に一定の点数(例えば15点など)が割り当てられています。
審査機関は、「この会社は、法律で定められた最低限の補償(法定補償)だけでなく、任意で(法定外で)従業員への手厚い補償体制を整えている」と判断し、W点にプラスの評価(加点)をします。
評点確保のための重要な視点
経審の総合評点を上げる際、売上(X点)や財務体質(Y点)を短期間で大きく増やすことは簡単ではありません。しかし、W点の項目は、会社の規模の大小に関わらず、「体制を整備する(ルールを整えて実行する)」ことで着実に点数を積み上げられるものが多く含まれています。
法定外労働補償制度への加入は、その代表的な対策の一つです。公共工事の入札では、わずかな点数の差が受注できるかどうかの分かれ目になることも少なくありません。
ただし、ここで最も注意しなければならない点があります。それは、「単に民間の保険に入っていれば、何でも加点されるわけではない」ということです。
経審で加点対象として認められるためには、その保険制度が審査基準の定める特定の「条件」を満たしていなければなりません。もし、よかれと思って加入した制度がこの条件を満たしていなければ、保険料を支払っていても経審の点数には一切反映されない、という事態も起こり得ます。
まとめ
法定外労働補償制度への加入は、万が一の経営リスクから会社を守る「守り」の役割と同時に、経審のW点を引き上げる「攻め」の経営戦略(評点アップ対策)という、二つの側面を持っています。
しかし、その効果を確実に得るためには、経審のルールを正しく理解し、基準を満たした制度を選ぶ必要があります。次の章では、どのような制度が加点対象として認められるのか、その具体的な条件について詳しく解説していきます。
経審で加点対象となる制度の条件とは
第3章では、法定外労働補償制度が経営事項審査(経審)のW点(社会性等)の加点対象になることを解説しました。しかし、ここで最も注意すべき点があります。それは、「民間の保険や共済制度に加入さえすれば、自動的に加点されるわけではない」ということです。
経審で加点対象として認められるためには、その制度が「建設業法施行規則(けんせつぎょうほうしこうきそく)」や、それに基づいて国土交通省が定める告示(こくじ、国が発表する詳細なルール)で定められた、いくつかの厳格な条件をすべて満たしている必要があります。
もし、これらの条件を満たさない制度に加入していても、経審の審査上は「未加入」として扱われ、W点は加点されません。この章では、その重要な条件について具体的に解説します。
加点の条件は「2つの側面」を満たすこと
経審が法定外労働補償制度に求めているのは、大きく分けて2つの側面からの補償(ほしょう)です。万が一の事故が起きた際に、「被災した従業員」と「会社(事業主)」の双方が守られる体制になっているか、という点が審査されます。
| 評価される側面 | どのような補償か | なぜ必要か |
|---|---|---|
| 側面1:従業員への上乗せ補償 | 国の労災保険(法定補償)に「上乗せ」して、従業員本人やその遺族に支払われる死亡・後遺障害への補償金。 | 従業員が安心して働ける環境を整えているか(労働福祉の充実)。 |
| 側面2:会社の賠償責任への備え | 会社が法律上の損害賠償責任(使用者賠償責任)を問われた際に、その賠償金をカバーする補償。 | 会社の経営が傾かないよう、高額賠償リスクに備えているか(経営の安定性)。 |
経審の加点を狙うためには、この「側面1」と「側面2」の両方をカバーする制度に加入している必要があります。
審査基準で定められた具体的な要件
特に「側面1(従業員への上乗せ補償)」については、審査基準において、非常に細かい要件が定められています。これらは各地方整備局や都道府県が示す「手引き」や様式集でも確認することができます。
要件1:補償の対象となる「人」
申請者(自社)と直接の使用関係にある職員(従業員)だけでなく、全下請け人と直接の使用関係にある職員も補償の対象としていることが求められます。
要件2:補償の対象となる「災害」
仕事中のケガである「業務災害」だけでなく、通勤途中の「通勤災害」も対象とする制度である必要があります。
要件3:補償の対象となる「障害の程度」
万が一の「死亡」の際はもちろんのこと、重い障害が残った場合(少なくとも「障害等級1級から7級まで」)も補償の対象としている必要があります。
これらの要件に加えて、第4章で既に解説した「側面2(会社の賠償責任への備え)」も満たしている必要があります。
証明書類の提出が必要です
これらの条件を満たしているかどうかは、申請者が「加入しています」と主張するだけでは認められません。経審の実務では、申請時に「保険証券の写し」や「共済の加入証明書」といった客観的な資料を添付し、審査担当者にその内容を確認してもらう必要があります。
もし提出した保険証券の記載内容から、上記の要件(例:通勤災害が含まれていない)が一つでも満たされていないと判断されれば、加点は認められません。
根拠となる法令と改正の歴史
これらの審査基準は、建設業法施行規則や、それに基づく国土交通省の告示(こくじ)によって定められています。特に平成20年(2008年)の審査基準の大きな改正(例:国土交通省告示第85号など)によって、現在のW点の評価枠組みが整理されました。
重要なのは、これらの基準が「ずっと同じではない」ということです。近年でも、WLB(ワーク・ライフ・バランス)への取り組みや、CCUS(建設キャリアアップシステム)の活用など、W点の評価項目は社会情勢に合わせて見直しが続いています。
保険会社の営業担当者や保険代理店が、これらの経審の複雑な基準や、最新の改正内容を完璧に理解しているとは限りません。「これは経審対応です」と言われて加入した保険が、実は基準を満たしていなかった、というケースは実際に発生しています。
まとめ
法定外労働補償制度で経審のW点を確保するためには、「なんとなく保険に入る」のではなく、「経審の加点条件を満たす適格な制度」を正しく選ぶ必要があります。
その条件とは、「従業員への上乗せ補償」と「会社の賠償責任への備え」という2つの側面を持ち、かつ「対象者(下請含む)」「災害の種類(通勤災害含む)」「障害の程度(1級から7級まで)」といった審査基準の細かい要件をすべて満たしていることです。
自社が加入している制度が本当に条件を満たしているか不安な場合や、これから加入を検討する場合は、保険証券をご用意の上、経審の専門家である行政書士に確認を依頼するのが最も確実な方法です。次の章では、実際にどのような視点で制度を選べばよいかを解説します。
補償内容を選ぶ際の建設業者としての視点
第4章で、経営事項審査(経審)の加点対象となる法定外労働補償制度には、下請け作業員の包含や通勤災害の補償など、厳格な条件があると解説しました。では、建設業を営む経営者として、実際にどの制度を選べばよいのでしょうか。
単に「経審の点数が上がるから」という理由だけで制度を選ぶと、万が一の事故が起きた際に「こんなはずではなかった」と後悔する可能性があります。この章では、制度を選ぶ際に持つべき、建設業者としての重要な「3つの視点」を解説します。
視点1:経審の加点条件を「確実に」満たしているか
まず大前提となるのが、第4章で解説した経審の加点条件(従業員への上乗せ補償と、会社の賠償責任への備えなど)をすべて満たしていることです。
世の中には多くの保険商品や共済制度がありますが、経審の基準をすべて満たしているものは限られています。建設業専門の団体が提供している制度や、経審対応を明確にうたっている商品を選ぶことが基本となります。
最新の基準に対応していますか
加入を検討する際は、その制度が「最新の」経審基準に基づいているかを確認することが大切です。経審のW点の項目は、近年でもワーク・ライフ・バランス(WLB)への取り組みやCCUSの活用など、見直しが続いています。古い基準のまま設計された制度では、現在の審査で加点されない可能性もゼロではありません。
W点における「労働福祉の状況(W1)」、その中での法定外労働補償制度への加入は、例えば配点枠15点(自治体の資料により表現が異なる場合があります)が割り当てられる重要な項目です。この点数を確実に確保するためにも、基準への適合性確認は不可欠です。
視点2:自社の「万が一」に本当に備えられるか
経審の加点条件を満たすことは「最低ライン」です。次に考えるべき最も重要な視点は、「その補償内容で、自社の本当のリスクをカバーできるか」という点です。
使用者賠償責任の補償額は十分ですか
特に注目すべきは、「使用者賠償責任(しようしゃばいしょうせきにん)」の補償限度額です。これは、第2章で解説した通り、国の労災保険(法定補償)とは「別次元」の問題である、会社の安全配慮義務違反などが問われ、高額な賠償を命じられた時に使われる補償です。
近年、建設業の労災事故における裁判では、会社に対して数千万円、場合によっては1億円を超える賠償支払いを命じる判例も出ています。
経審の加点条件を満たすためだけの最低限の補償額(例えば1名あたり1,000万円など)に設定していた場合、もし1億円の賠償判決が出たら、残りの9,000万円は会社の自己資金(現金)で支払わなければなりません。これでは、会社の経営が立ち行かなくなる恐れがあります。
自社が請け負う工事の規模、現場の危険度、従業員の数などを考慮し、「万が一の事態が起きても会社が潰れない」だけの十分な補償額を設定することが、経営者の本当の責任と言えます。
視点3:保険料(コスト)と補償のバランス
補償を手厚くすれば、当然ながら支払う保険料(コスト)は高くなります。経営者としては、できるだけコストを抑えたいと考えるのは自然なことです。
しかし、保険料の安さだけを追求して補償内容を削ってしまうと、視点2で述べたような「いざという時に足りない」という本末転倒な事態に陥ります。
大切なのは、自社の経営体力(支払える保険料)と、許容できるリスクの大きさ(万が一の際にいくらまでなら自己資金で対応できるか)を天秤にかけ、最適なバランスを見つけることです。
まとめ
法定外労働補償制度を選ぶ際は、「経審の加点(例:15点枠の確保)」という視点と、「会社の経営防衛(使用者賠償責任への備え)」という視点の両方から判断する必要があります。
特に、自社にとって最適な「使用者賠償責任」の補償額をいくらに設定すべきか、という判断は非常に難しいものです。また、選んだ制度が本当に最新の経審の基準を満たしているかどうかの確認も専門知識を要します。
これらの判断を誤ると、保険料を払っているのに加点されない、あるいは、事故が起きたのに補償が足りない、という最悪の事態になりかねません。次の章では、こうした複雑な問題を解決する方法について解説します。
評点確保とリスク対策は専門家への相談が近道
これまで、法定外労働補償制度の基本から、経営事項審査(経審)の加点条件、そして建設業者としての制度の選び方までを解説してきました。ここまでお読みいただいた経営者様は、「W点の加点確保」と「会社を守るリスク対策」という、二つの目的を同時に達成することの難しさを感じているかもしれません。
この章では、なぜこれらの複雑な問題を解決するために、専門家への相談が最も確実で早い近道となるのか、その理由を解説します。
なぜ専門家への相談が必要なのですか
法定外労働補償制度の選定は、単に「保険に入る」という作業ではありません。経審という法律に基づいた審査と、会社の将来を左右する可能性のある経営リスクが絡み合う、専門的な判断が求められます。
理由1:審査基準は厳格で「証明」が必要
第4章で解説した通り、経審の加点対象となるには、「下請作業員の包含」や「通勤災害の補償」、「障害等級1級から7級まで」といった非常に細かい条件をすべて満たす必要があります。
さらに重要なのは、経審の実務では、申請時に「保険証券の写し」や「共済の加入証明書」を必ず提出し、その内容が基準を満たしているか「証明」しなくてはならない点です。この確認作業で不備が見つかれば、加点は認められません。
理由2:「保険販売のプロ」と「経審審査のプロ」は異なる
保険代理店や共済の担当者は、もちろん保険商品のプロフェッショナルです。しかし、彼らが建設業の経審審査基準の細部までを完璧に理解しているとは限りません。
その結果、「経審対応」として勧められた商品が、実は「使用者賠償責任」の補償が抜けていたり、補償額が基準にわずかに足りなかったりして、加点対象にならなかったという事例も実際に起こり得ます。保険のプロの視点と、経審審査のプロの視点は、必ずしも一致しないのです。
理由3:審査基準は「改正され続ける」
経審のW点の項目は固定ではありません。近年でも、ワーク・ライフ・バランス(WLB)への取り組みや、CCUS(建設キャリアアップシステム)の活用など、社会情勢に合わせて常に見直しが続いています。
「一度入ればずっと安心」ではなく、最新の審査基準に対応し続けているか、定期的に見直す視点が必要ですが、これを自社だけで追い続けるのは大変な負担です。
行政書士に相談する具体的なメリット
私たち経営事項審査を専門とする行政書士は、まさに「経審審査のプロ」です。
メリット1:保険証券の「適格性」を診断できる
専門家であれば、お客様が現在加入されている「保険証券の写し」を拝見するだけで、それが最新の経審の加点基準を満たしている「適格な」制度であるかを正確に診断できます。「保険料を払っているのにW点に反映されていなかった」という最悪の事態を防ぎます。
メリット2:W点全体での最適な対策を提案できる
経審のW1(労働福祉の状況)には、法定外労働補償制度のほかにも様々な項目があり、例えば全体で15点といった枠組みで評価されます。もしかすると、お客様の会社にとっては、法定外労働補償制度よりも、別の項目(例えばWLBやCCUSへの対応)で対策を講じる方が、より少ないコストで効率的に評点を上げられるかもしれません。
私たちは、会社全体の経営状況を拝見した上で、W点全体のバランスを見ながら、評点確保とリスク対策の両面から最適なご提案を行うことができます。
まとめ
法定外労働補償制度は、使い方を誤れば「コストをかけても評点が上がらない」「評点は上がってもリスクに備えられない」という事態になりかねない、複雑な制度です。
「今入っている保険で本当に大丈夫だろうか」「自社にとって最適な補償内容を知りたい」と少しでも不安を感じたら、それは専門家へ相談するタイミングです。経審と建設業の経営リスクを熟知した専門家を活用することこそが、評点と会社の未来を守るための最も確実な近道となります。