建設業界のM&Aが急増中!その目的と仕組みをやさしく解説
なぜ今、建設業界でM&Aがこれほど活発になっているのか?
近年、建設業界では会社の合併や買収、いわゆるM&A(エムアンドエー)が非常に増えています。ニュースなどで耳にする機会も多くなったかもしれません。その背景には、建設業界全体が抱える、避けては通れない3つの大きな課題が存在します。ここでは、その理由を一つずつ、わかりやすく解説します。
後継者が見つからないという悩み
多くの中小建設会社は、長年、社長がご自身の子供や親族に会社を譲る形で事業を続けてきました。しかし今、その当たり前だった形が難しくなっています。会社の未来を託せる後継者がなかなか見つからない、という深刻な問題に直面しているのです。
驚くほど高い「後継者不在率」
ある調査によると、建設業で「後継者がいない」と答えた会社の割合は、なんと60.5%にも達します。これは他の産業全体の平均と比べても高い数字です。なぜなら、建設業は長年の経験で培った専門技術や、事業を行うために必要な建設業許可といった資格の引継ぎが、特定の個人に頼りがちだからです。この「事業のバトンタッチ」問題を解決するための最も有力な方法として、M&Aが選ばれています。
技術と人をどう未来へつなぐか
建設業界で働く人たちの年齢のバランスを見ると、もう一つの大きな課題が浮かび上がります。
| 55歳以上の就業者の割合 | 約36% |
| 29歳以下の若手就業者の割合 | 約12% |
この数字が示すのは、経験豊富なベテランの技術者はたくさんいる一方で、その大切な技術を受け継いでくれる若い世代が少ないという現実です。熟練の職人さんが持つ貴重な技術や仕事の進め方を、このまま失わせるわけにはいきません。M&Aは、優れた技術を持つ会社を丸ごと引き継ぐことで、人手不足と技術の継承という2つの問題を同時に解決できる、即効性のある手段として注目されているのです。
会社のさらなる成長と競争力のために
今の時代、ただ同じ仕事を続けているだけでは、会社の成長は望めません。例えば、パソコンやIT技術をもっと活用して仕事の効率を上げたい(このような取り組みをDX化と呼びます)、あるいは、自分たちの得意な工事を他の地域でも展開して事業を大きくしたい、といった新しい挑戦が必要です。
M&Aを活用すれば、最新技術を持つ会社や、特定の地域で強い信頼を築いている会社と手を組むことができます。これにより、自社だけでは時間のかかる弱点の克服や事業の拡大を、とても速いスピードで実現できるのです。厳しくなる競争の中で生き残り、さらに成長していくための戦略的な一手として、M&Aが積極的に用いられています。
まとめ
「後継者不足」「人手不足と技術継承」「事業拡大の必要性」。ここで挙げた3つの課題は、それぞれが別の問題ではありません。例えば、後継者に悩む会社が、人手を増やして新しい地域に進出したいと考える会社と一緒になるなど、複数の課題が複雑に絡み合っています。だからこそ、多くの経営者がこれらの課題を乗り越えるための有力な選択肢として、M&Aに大きな可能性を見出しているのです。
M&Aがもたらす双方の利点とは?売り手と買い手の視点
M&Aは、単に会社が売買されるというだけの手続きではありません。会社を譲る「売り手」と、譲り受ける「買い手」、その両方にとって大きな価値を生み出す、未来に向けた前向きな経営判断です。それぞれの立場から、どのような利点があるのかを具体的に見ていきましょう。
売り手と買い手、それぞれの利点を比較する
M&Aが成立すると、売り手と買い手はそれぞれが抱える経営上の課題を解決し、新たな成長の機会を得ることができます。下の表で、双方の主な利点を比べてみましょう。
| 売り手(会社を譲る側)の利点 | 買い手(会社を譲り受ける側)の利点 |
| 後継者問題の解決大切に育ててきた事業と、そこで働く従業員の未来を守ることができます。 | 優秀な人材と技術者の確保経験豊富な技術者や資格を持つ従業員を一度に確保し、会社の技術力を高められます。 |
| 従業員の雇用を守れる会社の事業が続くことで、従業員は安心して働き続けることができます。 | 事業エリアや会社規模の拡大自社がまだ進出していない地域に拠点を築いたり、会社の規模を大きくしたりできます。 |
| 創業者利益の確保会社の株式を売却することで、オーナー経営者は現金を得ることができ、引退後の生活資金などに充てられます。 | 新しい市場への迅速な参入ゼロから事業を立ち上げる時間やコストをかけずに、新しい分野のビジネスを始められます。 |
| 大手企業の傘下での経営安定より大きなグループの一員となることで、会社の信用力が高まり、経営が安定します。 | 許認可や施工実績の獲得事業に必要な建設業許可や、公共工事の入札に必要な過去の施工実績などをまとめて引き継げます。 |
まとめ
このように、M&Aは売り手にとっては長年の悩みであった後継者問題などを解決し、従業員の生活と会社の未来を守るための重要な手段となります。一方で買い手にとっては、時間やコストを大幅に節約しながら、会社の成長を加速させるための強力なエンジンとなります。M&Aは、双方の課題を解決し、お互いにとってより良い未来を築くための、まさに戦略的な協力関係を築くための選択肢なのです。
会社の譲渡、その代表的な手法「株式譲渡」と「事業譲渡」を学ぶ
会社のM&Aを進めるには、いくつかの方法があります。中でも、特に中小企業のM&Aでよく使われる代表的な手法が「株式譲渡」と「事業譲渡」の2つです。どちらを選ぶかによって、手続きの方法や引き継ぐものの範囲、さらには税金の額まで大きく変わってきます。それぞれの特徴をしっかり理解しましょう。
代表的なM&A手法の特徴
ここでは、「株式譲渡」と「事業譲渡」がどのようなもので、それぞれにどんな利点と注意点があるのかを比べてみます。
| 手法 | どのようなものか | 利点(良いところ) | 注意点(難しいところ) |
| 株式譲渡 | 会社の経営権そのものである「株式」を丸ごと売買する手法です。会社をそのままの形で引き継ぎます。 | 手続きが比較的シンプルです。従業員との雇用契約や、取引先との契約、建設業許可なども、基本的にはそのまま引き継がれます。 | 買い手は、帳簿には載っていない借金や将来問題になるかもしれないリスク(これを簿外債務と言います)も、会社丸ごと引き継いでしまう可能性があります。 |
| 事業譲渡 | 会社の中にある事業の一部、または全部を、選んで売買する手法です。例えば「建築工事部門だけ」を売買するような形です。 | 買い手は、欲しい資産や事業だけを選んで買うことができます。そのため、不要な借金などを引き継ぐリスクを避けやすいです。 | 手続きが複雑になります。資産や契約、従業員などを一つひとつ移す手続きが必要です。また、売り手側で「二重課税」という税金上の問題が起きることがあります。 |
少し難しい言葉の解説
簿外債務(ぼがいさいむ)とは
会社の決算書などの正式な帳簿には記載されていない、隠れた負債や債務のことです。例えば、まだ裁判で確定していない損害賠償の義務などがこれにあたります。株式譲渡では、こうした見えないリスクも引き継いでしまうことがあるため、事前の調査が非常に重要になります。
二重課税(にじゅうかぜい)とは
事業譲渡で起こりうる税金の問題です。まず、会社が事業を売却して得た利益に対して、国に法人税を支払います。その後、会社に残ったお金をオーナー経営者が個人として受け取るときに、その個人に対して所得税がもう一度課される、というように二段階で税金がかかることを指します。
まとめ
「株式譲渡」は手続きがシンプルですが見えないリスクを引き継ぐ可能性があり、「事業譲渡」はリスクを限定できる一方で手続きが複雑で税金の問題も考えなくてはなりません。どちらの手法が最適なのかは、それぞれの会社の状況によって全く異なります。だからこそ、M&Aを成功させるためには、次の章で解説する、会社の隅々までを徹底的に調べるプロセスが、成功と失敗を分ける非常に重要な鍵となるのです。
M&Aの成否を分ける極めて重要なプロセス
M&Aは、契約書に印鑑を押して終わり、ではありません。むしろ、そこからが本当のスタートラインです。M&Aという大きなプロジェクトを成功に導くためには、契約の前と後に行われる2つの非常に重要なプロセスがあります。ここでは、M&Aの成功と失敗を分ける「デューデリジェンス(DD)」と「PMI(経営統合プロセス)」について解説します。
デューデリジェンス(DD):会社の隅々までを徹底調査
デューデリジェンス(DD)とは、M&Aの契約を結ぶ前に、買い手が売り手となる会社の価値や隠れたリスクを、あらゆる角度から徹底的に調査する手続きのことです。人間で例えるなら、契約前の「精密な健康診断」と考えると分かりやすいでしょう。この調査を通じて、会社の本当の姿を明らかにします。特に建設業のDDでは、次のような点が厳しくチェックされます。
財務・税務DD
会社の成績表である決算書に間違いがないか、建設業特有の会計処理(例えば、工事完成基準や工事進行基準といった売上の計上方法)が正しく行われているかなどを細かく調べます。
法務DD
事業を行う上で不可欠な建設業許可(建設業法第3条)がきちんと更新されているか、過去の工事で訴訟などのトラブルを抱えていないかなどを確認します。もし買収した後に許可が切れていた、ということになれば、事業を続けることすらできなくなってしまいます。
技術・労務DD
どのような資格を持つ技術者が何人在籍しているか、従業員の年齢構成はどうなっているか、現場の安全管理は適切に行われているかなどを評価します。会社の本当の価値は「人」にあるからです。
環境DD
過去の工事で、アスベストや土壌汚染といった環境に関する問題を引き起こしていないかを調査します。もし後からこうした問題が発覚すれば、買い手が莫大な対策費用を負担することになりかねません。
PMI(経営統合プロセス):本当の融合はここから始まる
PMI(Post Merger Integration)とは、M&Aが成立した後に、二つの異なる会社を一つの組織としてスムーズに機能させていくための作業全般を指します。M&Aの成否の8割は、このPMIで決まる、と言われるほど大切な段階です。
給与体系や会計システムを統一する、といった目に見える制度の統合はもちろん重要ですが、それ以上に難しいのが、目には見えない「企業文化」を一つにすることです。例えば、仕事の進め方や大切にする価値観が違う会社同士が一緒になれば、従業員は戸惑い、本来生まれるはずだった協力体制(シナジー効果)が発揮されません。それぞれの会社の良い部分を尊重しながら、新しい組織としての一体感をいかに作り出していくかが、PMI成功の鍵となります。
まとめ
デューデリジェンス(DD)で契約前にリスクを徹底的に洗い出し、PMIで契約後に組織と文化を丁寧に一つにしていく。この2つは、M&Aという船を安全に航海させるための、いわば両輪です。どちらか一方でも欠けてしまえば、プロジェクトは決して成功しません。だからこそ、これらのプロセスには専門的な知識と細心の注意が求められるのです。
【事例研究】建設業界のM&A、その目的と効果
ここまではM&Aの仕組みやプロセスについて学んできました。この章では、実際の建設会社がどのようにM&Aを活用して課題を解決し、成長戦略を実現しているのか、具体的な事例を通じて見ていきましょう。
事業のバトンタッチを目的としたM&A
会社の未来を次世代に託す「事業承継」は、多くの経営者が直面する課題です。ここでは、その解決策としてM&Aが活用された事例を紹介します。
| 事例:コンセックによる丸金建設の買収 |
| 目的と背景建設関連の事業を広く手がけるコンセックは、事業の中でも特に土木や建設の分野をさらに強化したいと考えていました。一方、岡山県で長年にわたり公共工事を請け負い、地域から厚い信頼を得ていた丸金建設は、事業の引継ぎを課題としていました。コンセックは、丸金建設が持つ実績と信用力を引き継ぐことを目的に、M&Aを行いました。期待される効果丸金建設がグループに加わることで、グループ内の会社同士で技術の交流を活発にし、お互いに支え合える体制をより強くすることを目指しています。これにより、会社としてさらに安定した経営の土台を築くことができます。 |
事業エリアの拡大を目的としたM&A
自分たちの得意な分野で、まだ事業を展開していない新しい地域へ進出することも、会社の成長にとって重要です。そのための手段としてM&Aが選ばれた事例です。
| 事例:OCHIホールディングスによる芳賀屋建設の買収 |
| 目的と背景建築材料の販売などを主力とするOCHIホールディングスは、関東地方での建設関連事業を拡大することを目指していました。その足がかりとして、栃木県を拠点に高い技術力で確かな地位を築いていた芳賀屋建設をグループに迎え入れました。期待される効果芳賀屋建設が持つ優れた技術力と、その地域での信頼関係を活かすことで、グループ全体の力がさらに大きくなる相乗効果(シナジー)を生み出すことを狙っています。これは、会社が将来にわたって成長を続けていくための、非常に重要な一歩と位置づけられています。 |
まとめ
これらの事例からわかるように、M&Aにはたった一つの正解があるわけではありません。「後継者へ事業を引き継ぎたい」「新しい地域でビジネスを始めたい」といった、それぞれの会社が持つ目的や戦略に応じて、非常に多様な形で活用されています。自社にとって最も良いパートナーと手を取り合い、未来を築いていくことこそが、M&A成功の鍵と言えるでしょう。
まとめ:M&Aが建設業界の未来をどう変えるのか
この記事では、建設業界でM&Aがなぜこれほど活発になっているのか、その背景にある課題から、具体的なメリット、手法、そして成功に不可欠なプロセスまでを順に解説してきました。後継者が見つからない問題や深刻な人手不足という大きな壁に直面する建設業界にとって、M&Aは事業の未来をつなぎ、さらなる成長を遂げるための、ますます重要な経営戦略であり続けるでしょう。
未来の建設業界を担う皆さんへ
最後に、この分野に興味を持ち、これからの建設業界を支えていく皆さんへ、特に伝えたい3つの大切な視点があります。
視点1:M&Aは「終わり」ではなく「始まり」であること
M&Aは、単に会社を売って終わり、買って終わり、という取引ではありません。会社が長年培ってきた技術や信頼を次の世代へ引き継ぎ、そこで働く従業員たちの新たな未来を創り出す、非常に創造的なプロセスです。
視点2:「人」と「文化」の理解が成功の鍵であること
会社の本当の価値は、売上や利益といった数字だけで測れるものではありません。現場を支える一人ひとりの技術者のスキルや、その会社に根付いている仕事への姿勢や雰囲気といった、目には見えない価値を深く理解し、尊重する視点がなければ、本当の意味での成功はあり得ません。
視点3:業界の課題解決に貢献するダイナミックな分野であること
M&Aは、ただの机の上での手続きではありません。人手不足や技術の継承といった、建設業界、ひいては社会全体が抱える課題に対して、真正面から解決策を提示できる、非常にダイナミックでやりがいのある分野です。業界の仕組みそのものを、より良い方向へ変えていく大きな可能性を秘めています。
建設業界のM&Aは、今まさに大きな変化の時を迎えています。この記事が、皆さんの知的な好奇心を刺激し、この刺激的で未来ある分野への関心を深める、その第一歩となることを心から願っています。