㍿三成開発 村上事務所

「なぜ、そこに道路があるのか」語れますか? 賃上げでも止まらない若手離職を「歴史の教養」で解決する方法

1. 導入:若手が見ている「絶望」と社長が見ている「希望」のギャップ

「わが社は地域No.1を目指すぞ!」

「この現場は、地図に残る大きな仕事だ!」

社長であるあなたが、キラキラした目で未来や希望を語れば語るほど、若手社員の目が冷めていくのを感じたことはありませんか? 温度差どころか、まるで異次元の言葉を聞いているかのような、あの無反応な態度です。

実はこれ、若手のやる気がないわけではありません。社長と若手が見ている「景色」が、物理的に乖離(かいり)していることが原因です。

社長、あなたの脳内には「完成した立派な構造物」や「感謝する住民の笑顔」という【希望】が見えています。しかし、経験の浅い若手の視界にあるのは、終わりの見えない泥運び、鳴り止まない騒音、そして先輩からの怒声という【絶望(徒労感)】だけなのです。

このギャップを埋めない限り、どんなに賃上げをしても、彼らは「こんな辛い作業、割に合わない」と言って去っていきます。

「3人のレンガ職人」の罠に落ちていないか

人材育成の話でよく引用されるイソップ寓話の「3人のレンガ職人」をご存知でしょうか。旅人が建築現場で「何をしているのか」と尋ねたときの、3人の答えの違いです。

  • 1人目の職人:「見ればわかるだろ、朝から晩までレンガを積んでいるんだ(ただの作業・苦役)」
  • 2人目の職人:「家族を養うために、壁を作っているんだ(生活の手段・金銭)」
  • 3人目の職人:「歴史に残る大聖堂を造っているんだ。これが完成すれば、多くの人の魂が救われるだろう(目的・使命)」

多くの経営者は、「うちの社員には3人目の職人のようになってほしい」と願います。しかし、現場での教育はどうでしょうか。

「おい、レンガの積み方が違うぞ!」

「もっと早く積めないのか!」

口では「大聖堂(夢)」を語りながら、現場での指示はすべて「レンガ積み(作業)」のダメ出しになっていないでしょうか。

これでは、若手は自分が「1人目の職人」であることを毎日刷り込まれているようなものです。「自分は巨大な機械の、交換可能な部品に過ぎない」と感じさせてしまえば、離職するのは生物として正常な反応です。

「マニュアル人間」を作るか、「伝道師」を育てるか

特にZ世代と呼ばれる今の若手たちは、「意味(Why)」に敏感な世代です。

生まれた時から物が溢れていた彼らにとって、「金を稼ぐために我慢して働け(2人目の職人)」という理屈は、かつてほど強力な動機になりません。

彼らが求めているのは、「なぜ、自分がここに命の時間を使う必要があるのか?」という納得感です。

「やり方(How)」を教えるマニュアル教育はもう飽和しています。

これからの建設会社に必要なのは、その仕事がいかに尊く、社会にとって不可欠であるかという「あり方(Being)」を説く教育です。

では、どうすれば泥臭い現場作業を「誇りあるミッション」に変えられるのか。

その鍵は、意外なことに「歴史」と「地理」にあります。

現場の風景を「ただの作業場」から「歴史の最前線」へと一変させるための視座。次節から、その具体的なインストール方法を解説します。

2. 解像度を上げる:「道路」はコンクリートではなく「願い」でできている

若手が現場で退屈そうな顔をしている時、彼らは世界を「低解像度」で見ています。

彼らに見えているのは、「図面通りに砕石を敷き、コンクリートを打つ」という物理現象だけです。

しかし、社長であるあなたの目には、もっと「高解像度」な世界が見えているはずです。

その解像度の違いを埋めるキーワードが、「地理的必然性」です。

すべての「線」には理由がある

若手社員にこう問いかけてみてください。

「なぜ、道路はここを通っていると思う? なぜ、あっちの林の中じゃなくて、ここなんだ?」

設計図に引かれた一本の線。それは、設計コンサルタントが気まぐれに引いたものではありません。

等高線、水源の位置、地盤の固さ、古い集落の境界……。そのルートでなければならない「必然的な理由」が必ずあります。

  • カーブの理由:「このカーブ、邪魔だなあ」と若手は言います。しかし、そこにはかつて地域の貴重な水源(井戸)があったり、鎮守の森のご神木があったりして、それを避けるために先人が苦心して曲げた歴史があるかもしれません。
  • 直線の理由:「なんでこんな山奥に真っ直ぐなトンネルを掘るんだ?」と思うかもしれません。それは、峠越えで冬場に孤立していた集落を救うために、最短距離でつなぐ必要があったからです。

このように、「なぜ?」を突き詰めていくと、無機質な現場の風景が、人間味あふれるストーリーとして浮き上がってきます。

【思考実験】もしここが100年前なら?

現場での休憩時間、若手と一緒に想像してみてください。

「もし、ここが100年前だったら、俺たちは今どうなっていると思う?」

建設業が介入する前の土地は、人間にとって過酷な場所でした。

  • 「ここは低湿地帯だ。100年前なら、俺たちの腰まで泥に浸かって歩かなきゃいけなかったはずだ」→ だから、盛土をして、誰もが安全に歩ける「道」を作ったんだ。
  • 「ここは川が暴れる場所だ。昔なら、ひと雨くるたびに家財道具を持って高台へ逃げていたはずだ」→ だから、強固な護岸を作って、安心して眠れる土地に変えているんだ。

インフラ=先人たちの「苦闘の歴史」への回答

つまり、私たちが受注している公共工事(インフラ整備)とは、「不便・危険・貧困」に苦しんできた先人たちの「願い」に対する回答なのです。

「お婆ちゃんが病院に行くのに、ガタガタ道で苦労しないように」

「子供たちが通学路で川に落ちないように」

道路のアスファルトや、橋脚のコンクリート。その成分は、石とセメントと水だけではありません。

そこには、その土地で生きてきた人々の「もっと良くしたい」「家族を守りたい」という切実な願いが練り込まれています。

現場で働く作業員とは、何十年、何百年と続いてきたその「願いのリレー」のアンカー(最終走者)です。

願いを物理的なカタチ(現実)として完成させることができるのは、政治家でも学者でもなく、現場で汗を流すあなた方の技術だけなのです。

「俺たちが作っているのは、ただの道路じゃない。100年前の人たちが夢見た『未来』を作っているんだ」

そう語りかけられた時、若手の手元にあるスコップは、ただの道具から「未来を切り拓く武器」へと変わります。

3. 【熊本・地域特化】加藤清正に学ぶ「土木と統治」の遺伝子

特にここ熊本において、建設業に携わることは特別な意味を持ちます。この地には、日本最強の「土木(シビル・エンジニアリング)の遺伝子」が脈々と流れているからです。

そう、今なお県民から「せいしょこさん(清正公さん)」と親しまれ、神様として祀られている加藤清正公のことです。

「土木」こそが国を富ませる最強の手段

なぜ、武将である彼がこれほどまでに愛されているのでしょうか。

それは彼が、戦(いくさ)で領土を奪うことよりも、「土木技術で土地を豊かにし、民を飢えから救うこと」に心血を注いだからです。

当時の熊本は、阿蘇の火山灰土壌で水持ちが悪く、白川や球磨川といった暴れ川が氾濫を繰り返す、人が住むには過酷な土地でした。

清正公はここに、当時の最先端技術であった治水・利水工事(鼻ぐり井手や石積み堤防など)を施し、干拓によって農地を劇的に広げました。

「川を治める者は、国を治める」

この言葉の通り、彼は暴力(Military)ではなく、土木(Civil)の力で国を富ませました。

現代において、この「清正公の遺伝子」を正統に継承しているのは誰でしょうか? 政治家でしょうか? 行政でしょうか?

いいえ、違います。

台風が来るたびに現場へ走り、重機を動かして堤防を守り、泥をかき出しているあなた方、地元の建設会社こそが「令和の清正公」なのです。

災害大国における「守り人」としての矜持

若手社員に、こう伝えてあげてください。

「俺たちの仕事は、ただ穴を掘ってコンクリを流しているんじゃない。

この熊本という、油断すれば自然災害に飲み込まれてしまう土地で、人々の暮らしが成立するように『自然と戦っている』んだ。

俺たちが負けたら(手抜きをしたら)、誰かの家が流される。俺たちが勝てば(いい仕事をすれば)、街は平和に眠れる。

これほどカッコいい仕事が、他にあるか?」

阿蘇カルデラが生んだ特殊な地形、集中豪雨、地震。

この厳しい自然環境の中で、当たり前のように電車が走り、蛇口から水が出る。これは奇跡ではなく、建設業という「守り人(ガーディアン)」が、24時間365日、自然の猛威を抑え込んでいる結果に他なりません。

行政書士の視点:「許可」はルールではなく「知恵」である

私は行政書士として、開発許可や農地転用の申請書類を作成しています。社長さんからはよく「役所の書類は面倒だ」「許可基準が厳しすぎる」と愚痴をこぼされます。

その気持ちは痛いほど分かります。しかし、少し見方を変えてみてください。

都市計画法や宅地造成等規制法にある厳しい基準。

「擁壁の水抜き穴はどうするか」「盛土の角度は何度までか」「調整池の容量は足りているか」。

これらは、役人が意地悪で決めたルールではありません。

過去に土砂崩れや洪水で失われた「尊い命の犠牲」の上に積み上げられた、失敗しないための「先人の知恵の結晶」なのです。

許可基準を守り、図面通りに施工することは、法令遵守(コンプライアンス)である以前に、「二度と同じ悲しみを繰り返さない」という歴史への誓いです。

現場で若手に図面の指示をする時、「法律で決まってるからこうしろ」と言うのと、「ここを疎かにすると、50年に一度の雨でここが崩れる。過去にそれで泣いた人がいるから、俺たちはここを厳重に作るんだ」と語るのとでは、伝わる重みが全く違います。

技術の裏にある「愛」と「歴史」。それを語れるのが、一流の経営者であり、一流の職人なのです。

4. 職業観のリフレーミング(再定義):言葉を変えれば誇りが生まれる

人間は「言葉」で思考し、「言葉」で自分の価値を定義します。

若手が自分の仕事をどう呼んでいるか、注意して聞いたことはあるでしょうか?

「土方(ドカタ)」「穴掘り」「現場仕事」。

もし彼らが自嘲気味にそう呼んでいるとしたら、それは危険信号です。卑下した言葉を使っている限り、誇りなど生まれようもありません。

社長の役割は、彼らに「新しい職業の呼び名(定義)」を与えることです。これを心理学で「リフレーミング(枠組みの再定義)」と呼びます。

Civil Engineering(市民の工学)の誇り

まず、建設業(土木)の本来の意味を教えましょう。

英語で土木のことを「Civil Engineering(シビル・エンジニアリング)」と言います。

直訳すれば「市民のための工学」です。なぜわざわざ「市民」とついているのか。

歴史的に、この言葉の対義語は「Military Engineering(軍事工学)」だからです。

  • 軍事工学:敵を倒す、城を落とす、破壊するための技術。
  • 市民工学(土木):橋を架ける、水を引く、市民が平和に暮らすための技術。

つまり、土木とは生まれた瞬間から「平和と繁栄のための技術」なのです。

「俺たちは、武器を持たない平和維持部隊だ。俺たちが動くことで、街が豊かになり、人が笑って暮らせるようになる」

この大義名分を、入社初日に叩き込んでください。

作業を「ミッション」に変換する語彙力

具体的な作業レベルでも、言葉の定義を変えていきましょう。

「きれいごと」だと思うかもしれませんが、言葉が変われば、現場での立ち居振る舞いが変わります。

1. 道路工事・配管工事 ⇒ 「都市の外科手術」

道路を掘り返し、渋滞を引き起こす工事は、市民から冷ややかな目で見られがちです。

しかし、若手にはこう伝えてください。

「これは『穴掘り』じゃない。都市という巨大な生き物の『血管(水道管)』や『神経(ケーブル)』をつなぐ、誇り高き『外科手術』だ。

外科医が手術中、周りに気を使って手を止めるか? 止めないだろ。俺たちも同じだ。この街を生かすために、自信を持って執刀(施工)しろ」

2. 基礎工事・コンクリ打ち ⇒ 「家族のシェルター構築」

住宅の基礎を作る作業は、単なる下請け仕事に見えるかもしれません。

しかし、視座を変えればこうなります。

「お前が流し込んでいるそのコンクリートは、台風や地震が来たときに、住んでいる家族の命を守る最後の砦だ。

いわば『家族を守るシェルター』を作っているんだ。

手抜きをすれば、家族の団欒が奪われる。完璧に仕上げれば、子供たちの未来が守られる。そういう仕事だ」

3. 測量・墨出し ⇒ 「未来の地図を描く最初の一筆」

何もない土地に杭を打つ作業。

「測量は、ただ長さを測っているんじゃない。

まだこの世に存在しない建物の姿を、地球上に初めて描き出す『最初の一筆』を入れているんだ。

お前が打ったこの杭が、未来の地図の基準点になるんだぞ」

言葉が「プロ」を作る

一流のホテルマンが自分の仕事を「皿運び」と言わないように、一流の建設マンも自分の仕事を「穴掘り」とは言いません。

若手が自分の仕事に誇りを持てるかどうかは、「社長がその仕事をどう定義し、どう呼んでいるか」にかかっています。

明日から、現場での指示出しの言葉を少し変えてみてください。

「そこ、もっと掘れ」ではなく、「そこ、血管(配管)を通すには深さが足りないぞ」と。

その小さな言葉の積み重ねが、彼らを「作業員」から「誇りある技術者」へと変えていくのです。

5. 実践:明日から現場で使える「歴史の語り方」

ここまで、歴史的背景や職業観の書き換え(リフレーミング)についてお伝えしてきました。

「理屈はわかった。でも、学者のように歴史を語るなんて俺には無理だ」

そう思われた社長、ご安心ください。高尚な講義をする必要はありません。

明日から現場で使える、お金のかからない、しかし効果絶大のアクションを2つご紹介します。

アクション1:スマホで「古地図」を見せる(タイムトラベル朝礼)

最も簡単で、若手の食いつきが良いのが「視覚情報」を使うことです。

今はスマホで簡単に昔の地図が見られる時代です。「今昔マップ on the web」などの無料サイトやアプリを活用してください。

現場に入る前の朝礼や、休憩時間の缶コーヒー片手に、スマホを取り出してこう言うだけです。

「おい、ちょっとこれ見てみろ。

今俺たちがいるこの現場、明治時代の地図だと『川の中』だぞ」

これだけで十分です。

  • 「えっ、マジっすか? だからこの現場、水が湧きやすいんすね」
  • 「昔はここ、全部田んぼだったんすね。俺たちが作ってるこの造成地が、最初の宅地になるってことか」

若手社員の脳内で、目の前の無機質な風景に「時間軸(縦の深み)」が加わります。

「自分たちは、何もないところから新しい歴史を作っているのだ」という感覚を、理屈抜きでインストールできる最強のツールです。

アクション2:技術の裏にある「愛」を語る(真のOJT)

もう一つは、技術指導の際の一言を変えることです。

これを私は「技術(スペック)の翻訳」と呼んでいます。

現場監督やベテラン職人は、つい「仕様書通りの数値」や「見た目の美しさ」で怒ってしまいます。

「天端(てんば)の高さが合ってねえぞ!」

「もっと平らに均(なら)せ!」

これに、「なぜなら(Because)」という人間味のある理由を付け加えてください。

  • 悪い例:「凸凹してたら検査に通らねえだろ! やり直せ!」(動機:検査官のため、会社のため)
  • 良い例:「この道は、近くの老人ホームから救急車が通るルートだ。もし舗装が凸凹してたら、搬送中の爺ちゃんの命に関わるぞ。コップの水がこぼれないくらい滑らかに仕上げて、爺ちゃんを守ってやれ」(動機:誰かの命のため、愛のため)

技術の厳しさは、意地悪ではありません。その先にいる「使い手(住民)」への愛です。

「技術の継承」とは、突き詰めればこの「他者への想像力(愛)の継承」なのです。

結び:社長自身が「語り部」になれ

「給料を払っているんだから、働いて当たり前」

残念ながら、その感覚ではもう若手はついてきません。

彼らは、自分が捧げる労働力と引き換えに、「意味」と「誇り」を求めています。

それを提供できるのは、AIでもマニュアルでもなく、その土地で長年商売をしてきた社長、あなたの「生きた言葉」だけです。

どうか明日から、現場で語ってください。

「なぜ、そこに道路があるのか」を。

「俺たちの仕事が、いかにカッコいいか」を。

それが伝わった時、若手の目は必ず変わります。そして、そんな社長がいる会社を、若手は簡単には辞めません。

これこそが、小手先のテクニックではない、本質的な「採用・定着戦略」なのです。

NOTE

業務ノート

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