熱中症対策の義務化 ── 決めて、書いて、知らせる
対策にかかった費用の扱いは安全衛生経費で扱っています。令和7年12月から、工事費内訳書に書く項目になりました。
第一章何が義務になったのか
労働安全衛生規則の改正によるもので、令和7年6月1日に施行されました。努力義務ではなく義務で、罰則があります。WBGTの測定そのものに罰則付きの義務はありませんが、「暑熱な場所」に当たるかどうかは実測で判断するのが原則とされています(基発0520第6号、令和7年5月20日)。
対象になるのは二つの条件を両方みたす作業です。WBGTが28度以上、または気温が31度以上。そのうえで、連続1時間以上、または1日の合計が4時間を超える作業。夏場の屋外作業は、ほぼ当てはまります。
義務の中身は三つですが、実質は「決めて、書いて、知らせる」の一組です。だれに報告するのか。見つけたらどう冷やし、どこへ運ぶのか。それを現場の全員が知っているか。決めていても周知していなければ、義務を果たしたことになりません。
もうひとつ、条文の言葉が変わっています。施行当初は「当該作業に従事する者」でしたが、現行の第612条の2は「作業従事者」です。令和8年4月1日施行の個人事業者等に関する改正にあわせた整理で、一人親方や個人事業者も、報告体制と手順の周知の対象に含めて運用することになります。現場に入る全員、という読み方をしてください。
第二章令和8年3月、拠りどころが入れ替わった
安全書類や社内規程で「職場における熱中症予防基本対策要綱」を引いている会社は多いと思います。この要綱は、令和8年3月18日付けで廃止されました。代わりに「職場における熱中症防止のためのガイドライン」(基発0318第1号)が定められています。
中身が全部変わったわけではありません。労働衛生管理体制、作業環境管理、作業管理、健康管理、労働衛生教育という骨格は引き継がれています。新しく入ったのは次のような点です。
- スポットワークの労働者や個人事業者等への対応。当日だけ来る人をどう扱うかが明示されました
- ウェアラブルデバイスの活用。心拍や体表温を拾う機器の使い方に触れています
- バディ制。二人一組で互いの様子を見る運用が、具体例として挙げられています
- 異常時の判断基準。救急安心センター事業(#7119)の活用を含めて、迷ったときの動き方が詳しくなりました
やることは、まず名称の差し替えです。安全衛生計画、新規入場者教育の資料、KYの様式。「予防基本対策要綱」と書いてある箇所を「職場における熱中症防止のためのガイドライン」に直してください。監督署の調査で最初に見られるのは、この種の書類です。
あわせて、令和8年の「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」は令和8年3月19日に公表され、5月から9月までが実施期間です。重点事項は三つ。①WBGT値を把握してその値に応じた対策を取ること、②早期発見の体制整備・重篤化防止の手順作成・作業者への周知、③糖尿病や高血圧症など発症に影響する疾病を持つ人への、医師等の意見を踏まえた配慮です。②はそのまま第612条の2、③は次の章の数字とつながっています。
第三章令和7年の数字 ── 建設業の死亡は業種別で最多
義務化から一年が経ち、令和8年5月27日に令和7年の確定値が公表されました。
死傷者は前年より4割以上増えて過去最多。一方で死亡者は19人と前年から約4割減った。厚生労働省は、令和7年6月施行の義務化が重篤化の防止に一定程度効いたと見ている。死傷者の約72%、死亡者の約79%が7月・8月に集中し、死亡は午後の発生が多く、気温が下がった17時台・18時台以降に亡くなる例も少なくない。
死傷者は全業種で1,803人。前年より4割以上増え、統計を取り始めた平成17年以降でいちばん多い数字です。背景には、令和7年の6月から8月の平均気温が平年より2.36度高く、これも統計開始以来最高だったことがあります。
一方で死亡者は19人で、前年から約4割減りました。厚生労働省は、令和7年6月施行の義務化が重篤化の防止に一定程度効いたと見ています。倒れる人は増えたが、亡くなる人は減った。第612条の2が求めているのは、まさにこの「重篤化させない」ところです。
そして建設業の死亡者は5人で、業種別ではいちばん多い数字でした。死傷者も292人で製造業に次ぐ規模です。
死亡19件の中身を見ると、対策の的がはっきりします。熱中症予防の教育をしていなかったのが9件。手順の未作成が3件、報告体制の未整備が2件。そして糖尿病や高血圧症など、発症に影響する疾病や所見があった人が9件です。死亡者の約84%が50歳代以上でした。
時間帯にも特徴があります。死亡災害の多くは午後に起きていますが、気温が下がった17時台・18時台以降に亡くなる例も少なくありません。作業が終わって解散したあとに悪化する、ということです。「今日は暑かったから、帰る前に一声かける」を、現場の締めの手順に入れておいてください。
第四章熊本の夏は、どれくらい暑いか
「うちの現場は大丈夫」と考えてよいかどうかは、気象庁の数字で確かめられます。熊本の観測値です。
| 2025年(令和7年)夏 | 平年差 | 2026年7月 | |
|---|---|---|---|
| 猛暑日(最高35度以上) | 32日 | +17.9日 | 17日 |
| 真夏日(最高30度以上) | 71日 | +12.1日 | 25日 |
| 熱帯夜(最低25度以上) | 45日 | +17.8日 | ― |
| 熱中症警戒アラート(熊本県) | 58回 | ― | ― |
2025年の夏は、猛暑日が平年より18日近く多い32日。7月だけで19日ありました。2026年も7月の猛暑日が17日、最高は7月27日の38.5度で、同じペースです。熱中症警戒アラートは、熊本県で2025年に58回発表されています。
気温31度以上という第612条の2の基準は、熊本の7月・8月ではほぼ常時みたされます。「暑い日だけ気をつける」ではなく、夏のあいだは対象作業が続いている、という前提で組んでください。
第五章「書いてある」と「動く」は違う
安全書類の綴りに手順が入っている現場は多くあります。ただ、実際に倒れた人が出たときに動けるかは別の話です。
- 連絡先が現場事務所の壁にあっても、作業場所から見えなければ機能しません
- 下請の職人、一人親方、当日だけの応援。周知の対象から落ちやすいのはこの層です
- 搬送先の病院を決めていても、夜間・休日の受入れを確認していないことがあります
新規入場者教育の項目に入れておくのが、いちばん確実です。入場の手続きに組み込めば、応援の職人にも自動的に伝わります。
第六章現場でやること
厚生労働省「職場における熱中症防止のためのガイドライン」(基発0318第1号、令和8年3月18日)および「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」の考え方にもとづく整理です。設備や装備にかかる費用は、令和7年12月から工事費内訳書に書くことになった安全衛生経費に含まれます。
ここで一つ、経営の話につながります。これらにかかる費用は、令和7年12月から工事費内訳書に書く「安全衛生経費」の対象です。WBGT計、日よけ、送風機、ファン付き作業服。従来は現場管理費に溶かし込んでいた費用を、独立した項目として出すことになりました。
溶かし込んだままだと、二つ困ります。ひとつは内訳書の欄が埋められないこと。もうひとつは、削られたときに何を削られたのか指せないことです。
第七章事故が起きたあとに来るもの
熱中症で人が倒れたとき、労災の手続きだけで終わるとは限りません。公共工事を受けている会社には、その先があります。
| 制度 | 要件 | 効いてくるところ |
|---|---|---|
| 熊本県の指名停止 工事等請負・委託契約に係る指名停止等の措置要領 別表第1第7号 |
県工事の履行にあたり、安全管理の措置が不適切だったため工事関係者に死亡者または負傷者を生じさせたと認められるとき | 2週間以上4か月以内の指名停止。他機関発注の工事での重大な事故(第8号)は2週間以上2か月以内 |
| 同(公衆損害事故) 別表第1第5号 |
安全管理の措置が不適切で、公衆に死傷または損害を与えたとき | 1か月以上6か月以内 |
| 熊本市の指名停止 | 県とほぼ同じ区分 | 期間の設定も県と同一(2週間以上4か月以内など) |
| 経営事項審査 W4 法令遵守の状況 |
審査基準日の直前1年間に、建設業法第28条の営業停止処分・指示処分を受けたとき | 最大−30点。労働災害そのものを直接減点する項目はないが、監督処分を受ければここで効く |
| 経営事項審査 W1 労働福祉の状況 |
法定外労働災害補償制度への加入(下請労働者まで対象で、障害等級第1級から第7級までの給付を含むことなどが要件) | +15点。建設業退職金共済制度への加入も+15点 |
指名停止は「情状に応じて」期間を決める仕組みで、死亡か負傷かで自動的に決まるものではありません。逆にいえば、安全管理の措置が適切だったと示せるかどうかが、期間を分けます。WBGTの記録、周知の記録、手順書。これらは義務を果たすための書類であると同時に、事故のあとに自社を守る書類でもあります。
熊本県の措置要領は令和7年5月30日が最終改正です。指名停止を受けた業者は県のサイトで公表されます。
第八章つまずきの記録
WBGT計を置いていたが、記録していなかった
測定と記録それ自体に罰則付きの義務はありません。ただ、令和8年のキャンペーンの重点事項の一番目が「WBGT値の把握と、その値に応じた対策の実施」です。数値が残っていないと、何を根拠に判断したのかを後から示せません。日報に一行足すだけで済みます。通風のよい屋外作業なら、環境省の熱中症予防情報サイトや天気予報の値でも差し支えないとされています。
「予防基本対策要綱」のまま書類を回していた
令和8年3月18日に廃止されています。安全衛生計画、新規入場者教育の資料、KYの様式。引用している名称を「職場における熱中症防止のためのガイドライン」に直してください。
朝は元気だった人が、午後に倒れた
前日の睡眠と飲酒、当日の朝食。体調確認は形式ではなく、聞き方の問題です。持病のある人については、医師等の意見を踏まえた配慮も求められています。
一人で作業させていて、発見が遅れた
熱中症は、本人が自覚しないまま進むことがあります。単独作業を避けるか、定時の連絡を決めておくか。どちらかは要ります。
下請の職人に周知が届いていなかった
義務を負うのは事業者です。元請の体制があっても、下請の作業者に伝わっていなければ、その下請の事業者が問われます。条文が「作業従事者」となった以上、一人親方や個人事業者も含めて考えてください。周知した記録を残してください。
持病の申告を、本人任せにしていた
令和7年の死亡19件のうち9件で、糖尿病や高血圧症など発症に影響する疾病や所見がありました。令和8年のキャンペーンでも重点事項の三番目に挙がっています。健康診断の結果を踏まえて、医師等の意見を聞いたうえで配置を考えるのが筋です。本人が「大丈夫です」と言ったから、では説明になりません。
作業が終わってから悪化した
死亡災害には、17時台・18時台以降に亡くなる例が少なからずあります。解散したあとに一人で悪化する形です。暑い日は、締めの声かけと、帰宅後に連絡が取れる相手を決めておくこと。単独で現場を離れる人ほど気をつけてください。
確認夏に入る前に確かめる九つ
- 熱中症のおそれがある人を見つけたときの報告先を決めているか
- 冷却・搬送・連絡の手順を書面にしているか
- ①②を、下請と一人親方を含む全員に知らせたか。記録は残っているか
- WBGT計を現場に置き、計測値を記録しているか
- 搬送先の病院の、夜間・休日の受入れを確認したか
- 対策にかかる費用を、見積書と工事費内訳書の安全衛生経費に積んでいるか
- 社内の書類で「熱中症予防基本対策要綱」を引いていないか。ガイドラインの名称に直したか
- 持病のある人について、医師等の意見を踏まえた配慮を決めているか
- 暑い日の作業終了後、連絡が取れる状態にしているか
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この記事の先にあるもの
安全衛生にかかる費用は、令和7年12月から工事費内訳書に書く項目になりました。公共工事では、書き漏らすと入札が無効になります。
→ 安全衛生経費 ── 工事費内訳書に書く項目が増えました
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