若手離職と「土木の物語」 ── 賃上げだけでは止まらない理由
構成:一 賃上げで埋まらないもの/二 現場の解像度を上げる/三 熊本には土木の原型がある/四 言葉を変える
第一章賃上げで埋まらないもの
経営者が語る「地図に残る仕事」と、若手が見ている「今日の作業」は、同じ現場でも別のものです。
経営者の頭にあるのは完成した構造物ですが、若手の目の前にあるのは終わりの見えない単純作業と、土と汗です。この距離が縮まらないまま賃上げだけをしても、「割に合わない」という評価の分母が少し変わるだけで終わります。
「3人のレンガ職人」という寓話があります。同じ作業をしていても、「レンガを積んでいる」と答える人、「壁を作っている」と答える人、「大聖堂を建てている」と答える人がいる、という話です。
多くの経営者は3人目を育てたいと言います。ところが現場での声かけは「積み方が違う」「もっと早く」ばかりになりがちです。これでは毎日、自分は1人目だと刷り込んでいることになります。
やり方(How)を教えるだけの教育は、もう飽和しています。足りていないのは、なぜこの仕事が必要なのかのほうです。
下段の三つは、現場で問いを一つ足すだけでできることです。
第二章現場の解像度を上げる
特別な研修は要りません。現場で問いを一つ足すだけで変わります。
- 「なぜ、道路はここを通っていると思う?」 ── 設計図の線は、気まぐれで引かれたものではありません。等高線、水源の位置、地盤、古い集落の境界。そのルートでなければならない理由があります
- 「このカーブは、なぜ真っ直ぐにしなかったんだろう」 ── 用地の事情、地形の制約、避けたものがある。理由を探すと、風景が読み物になります
- 「もしここが100年前だったら、どうだったと思う?」 ── 低湿地なら足を取られ、川があれば渡れず、坂があれば運べなかった
インフラ整備とは、不便や危険に困ってきた人たちの願いに、技術で答えることです。病院に行く道、子どもが通う道。アスファルトとコンクリートの中には、その土地で暮らしてきた人の事情が練り込まれています。
現場で働くのは、その願いを実際のかたちにできる唯一の立場です。図面を引く人でも、予算を決める人でもなく、そこにいる人にしかできません。
第三章熊本には土木の原型がある
この話をするうえで、熊本は恵まれています。加藤清正という具体例が、地名として残っているからです。
清正が今も「せいしょこさん」と呼ばれて親しまれているのは、戦の功績だけによるものではありません。土木によって土地を使えるようにし、人が住めるようにしたことが、地元の記憶として残っているためです。
阿蘇由来の土壌と、たびたび流れを変える白川。清正はここに治水と利水の工事を施しました。鼻ぐり井手は、水路に堆積する火山灰を水の流れそのもので押し流す仕組みで、土地の条件から逆算して作られています。
台風のたびに現場へ走り、重機で堤防を守り、泥をかき出しているのは、地元の建設会社です。政治でも行政でもなく、実際に動かしているのはそこです。
厳しい自然条件の土地で、当たり前に水道から水が出て、道が通じている。それは放っておいて続く状態ではありません。維持している人がいるから続いています。
第四章言葉を変える
人は自分の仕事を呼ぶ言葉で、自分の価値を測ります。若手が自分の仕事をどう呼んでいるかは、聞いておく価値があります。
Civil Engineering という呼び名
土木は英語でCivil Engineeringといいます。直訳すれば「市民のための工学」です。
なぜ「市民の」と付くのか。対義語がMilitary Engineering(軍事工学)だからです。城を落とすための技術に対して、橋を架け、水を引き、人が平穏に暮らせるようにするための技術。土木は、はじめから平和の側の技術として名付けられています。
許可基準は、先人の知恵の集積
行政書士として開発許可や農地転用の書類を作っていると、「役所の書類は面倒だ」という声を必ず聞きます。
ただ、擁壁の水抜き、盛土の角度、調整池の容量。これらの基準は、役所が思いつきで決めたものではありません。過去に土砂崩れや洪水で失われたものの上に積み上げられた記録です。
現場で「法律で決まっているからこうしろ」と言うのと、「ここを省くと、下の家が危ない」と言うのとでは、同じ指示でも受け取られ方が変わります。基準の背景を語れるかどうかは、教育の質そのものです。
※歴史に関する記述は一般に知られている範囲にとどめています。詳細は郷土資料等でご確認ください。
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