
2025年参議院選挙後の建設業界:ねじれ国会と構造課題を乗り越える戦略
2025年参議院議員通常選挙が日本の建設業界に与える中長期的な影響分析:静かなる地殻変動と建設業界の未来
はじめに:静かなる地殻変動と建設業界の未来
2025年7月20日に実施されました第27回参議院議員通常選挙は、日本の政治情勢に「静かな、しかし決定的な地殻変動」をもたらしたと言えるでしょう 。この選挙結果は、今後3年から5年という中長期的な視点で見たとき、日本の建設業界にどのような影響を与えるのでしょうか。本記事では、その影響について専門的な分析を進めてまいります。
今回の選挙では、自由民主党と公明党の連立与党が、改選議席の過半数である63議席を獲得できませんでした。結果として、合計で47議席に留まり、これにより政権運営の主導権に明確な陰りが見え、参議院において与党が法案を安定的に通過させることが困難となる「ねじれ国会」の状況が再び現れることになりました 。特に注目すべきは、国民民主党が改選前の議席から大幅に議席を増やし17議席を獲得したこと、そして参政党も14議席を得て大躍進を遂げた点です。この新たな勢力バランスは、従来の与野党が単純に対立する構図から、政策を基軸とした多極的で複雑な駆け引きの場へと政治の力学を変える可能性を秘めています。
建設業界は、これまでも多くの課題に直面してきました。例えば、「2024年問題」に代表される働き方改革、深刻な人手不足、建設資材価格の高騰、そして老朽化が進む社会インフラの維持更新など、多岐にわたる構造的な課題を抱えています。これらの課題は、政治の安定性や政策の方向性に大きく左右されるため、今回の選挙結果が業界に与える影響を深く読み解くことは非常に重要になります。本稿では、政治情勢の変化が建設業界に与える直接的・間接的な影響を多角的に分析し、業界関係者の皆様が今後の事業戦略を策定する上で役立つ示唆を提供することを目指します。
選挙結果がもたらす政治力学の変化と政策への影響
「ねじれ国会」の再来と法案・予算審議への影響
今回の参議院選挙で与党が過半数を割ったことで、「ねじれ国会」が再び現れました 。この状況は、過去の経験から見ても、法案の成立率が大幅に低下する傾向があります。例えば、ねじれ国会以前にはおよそ9割もの法案が成立していましたが、ねじれ国会後にはその成立率が75.0%まで急落した事例もございます 。特に、国の予算に関わる法案の成立が遅れたり、最悪の場合には廃案になったりする恐れがあり、これは予算執行に直接的な影響を及ぼし、ひいては日本経済全体にも波及する大きな問題となるのです 。建設業界にとって、公共事業予算は事業の基盤をなすものですから、このような遅延のリスクは深刻な懸念材料と言えるでしょう。
予算執行の遅延は、単にお金が滞るだけでなく、予算の「質」にも影響を与える可能性があります。政治的な膠着状態が続けば、各省庁、特に国土交通省などは、安定した複数年計画を立てることが難しくなります。これにより、長期的な視点での公共事業の計画性が低下し、急な要請や短期間での予算執行を強いられるケースが増えるかもしれません。建設企業の皆様は、新しい機械への投資や技術開発、人材育成といった長期的な戦略を立てる上で、いつ、どのようなプロジェクトがあるのかという予測可能な情報が必要です。予算執行が不安定になることは、このような長期計画を困難にし、民間の投資を抑える原因となり得ます。結果として、業界全体の人材確保や新しい技術の導入のペースにも悪影響が及ぶ可能性があり、これが人手不足のさらなる深刻化につながることも懸念されます。
さらに、「ねじれ国会」は与野党の対立を激化させ、政治を不安定にさせる傾向があります 。この不安定さは、長期的な視点での公共事業予算の確保や、「国土強靭化計画」のような複数年にわたる大規模なプロジェクトの推進に不確実性をもたらします。国民の皆様の政治に対する不信感が高まることで、政策決定のプロセスはさらに複雑になり、国の財政を健全化しようとする圧力が高まる中で、公共事業への予算配分がより厳しく問われる可能性があるのです。
野党勢力の台頭と建設関連政策の多極化
今回の選挙では、国民民主党と参政党が大きく議席を伸ばし、参議院における新たな勢力バランスが生まれました。これにより、建設関連政策の議論は、従来の与野党が対立する単純な構図から、より多極的で複雑な駆け引きの場へと変化すると考えられます。
国民民主党は、原子力の積極的な活用を強く訴えており、これはエネルギーインフラ、特に原子力発電所の維持・新設・再稼働に関連する建設需要に影響を与える可能性があります。同党は「社会資本再生法(仮称)」の制定を掲げ、インフラの点検、維持管理・更新を円滑かつ計画的に進めること、そして老朽化したインフラを計画的に更新することを重視しています。また、持続可能な建設業の実現のため、自動運転トラックや自動物流道路の開発、ホワイト物流(物流の効率化と労働環境改善)、外国人材の活用などを推進する方針も示しています。
一方、参政党は「脱炭素」政策そのものに疑問を呈する姿勢を示しており、これは再生可能エネルギー関連の建設プロジェクトの推進に影響を与える可能性があります。同党は「新たな防災システムの構築と新素材の活用」や「生活基盤に関わる持続的なインフラ整備」を掲げ、住宅の断熱基準を欧米並みに引き上げることや、既存住宅の断熱改修を加速することを求めています。
立憲民主党は今回の選挙で議席を伸ばしきれませんでしたが、引き続き公共インフラの長寿命化と効率的な維持管理、グリーンインフラ(自然が持つ機能を活用したインフラ)を生かした対策や21世紀型社会資本整備を推進する方針です。特に、老朽化対策や地域に密着した整備による防災力の向上と雇用の確保、地域の工務店や建設会社の参入促進を重視しています。一方で、原子力発電所の新増設は認めないという立場を明確にしています。
主要政党の建設・インフラ関連の公約を比較すると、「強靱な国土づくり推進」や「インフラ老朽化対策強化」といった大きな枠組みでの認識は共通していることが見て取れます。しかし、その実現方法や重点を置く分野には違いが見られます。この多極化は、特定の政策が与党だけで進めにくくなることを意味し、政策を実現するためには与野党間の協力や、議席を増やした国民民主党や参政党のような政党の意見が大きく影響することになります。
建設業界の企業の皆様が今後の政策動向を予測し、どの分野に力を入れるべきか、あるいはどの政党との連携を検討すべきかを判断する上で、主要政党の建設・インフラ関連政策の具体的な違いを理解することは非常に価値があります。
政党名 | 公共事業/国土強靭化 | インフラ老朽化対策 | エネルギー政策 | 働き方改革/人手不足 | DX/新技術 | 地域創生/地方インフラ | その他特記事項 |
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自由民主党 | GDP1000兆円、成長分野に大胆投資、治安対策強化、防衛産業強化 | 早期措置必要な施設への集中的修繕、予防保全型メンテナンスへの移行、道路陥没事故対策強化 | GX推進、排出量取引制度本格稼働、建築物の省エネ化・断熱基準引き上げ、ヒートポンプ導入 | 建設業・運輸業の持続的・構造的賃上げ、標準労務費・運賃の価格転嫁円滑化 | デジタル・AI・量子・宇宙・海洋など最先端技術で世界をリード、デジタル社会基盤整備 | 全国に100ヶ所の企業城下町展開 | 憲法改正 |
公明党 | 地方自治体の対策支援(交付金・補助金拡充) | 広域管理(群マネ)、新技術活用 | – | 建設業・運輸業の持続的・構造的賃上げ、標準労務費・運賃の価格転嫁円滑化 | デジタル・AI・量子・宇宙・海洋など最先端技術で世界をリード、デジタル社会基盤整備 | – | – |
国民民主党 | 社会資本再生法(仮称)制定、インフラ点検・維持管理・更新の円滑化・計画的推進 | 老朽インフラの計画的更新 | 原子力の積極的活用 | 自動運転トラック・自動物流道路開発、ホワイト物流、外国人材活用 | – | 災害時多言語情報発信システム、AI通訳技術活用 | – |
参政党 | 新たな防災システムの構築と新素材の活用 | 生活基盤に関わる持続的なインフラ整備 | 「脱炭素」政策に異を唱える | – | – | 住宅の断熱基準欧米並み引き上げ、既存住宅断熱改修加速 | – |
立憲民主党 | グリーンインフラを生かした対策、21世紀型社会資本整備、地域密着型整備による防災力向上と雇用確保 | 公共インフラの長寿命化と効率的な維持管理 | 原子力発電所の新増設は認めない、屋根置き・営農型太陽光発電普及 | 地域の工務店・建設会社の参入促進 | – | 物流の実態検証と体制構築 | – |
日本維新の会 | 復旧のための協定整備、ハザードマップ精緻化、災害発生前後の備え充実 | 最新技術活用によるインフラ長寿命化・メンテナンス高度化・効率化 | 再エネや次世代モビリティの社会実装実験 | 外国人材活用 | DX利用した遠隔診療・ドローン配送等の新技術、空の輸送技術(大型飛行船等) | 新技術実証特区設置、二重行政解消、九州広域連携モデル、瀬戸内経済圏構築 | – |
日本共産党 | 大規模開発優先から安心・安全の防災・減災、老朽化対策に公共事業の大転換 | 維持・更新・耐震化事業に予算の重点的、優先的な配分 | 再エネ導入拡大、送電網整備、洋上風力・地熱発電推進、原発再稼働や再エネ導入促進によりエネルギー自給率向上 | – | – | – | – |
れいわ新選組 | 防災インフラの改修・増強、必要な施設の新規建設、公共事業で地元雇用・地元事業者活用 | 30年間で190兆円の予算確保、社会インフラ改修・修繕・更新 | 原発即時廃止、再生可能エネルギー技術を世界最先端に | 最低賃金1500円、ロスジェネの安定雇用、公共住宅量産 | – | 地方を救う公共事業、高速道路無償化 | 防災省設立 |
社会民主党 | 無駄な公共事業見直し、防災・減災に向けたインフラ整備推進 | 高度成長期インフラ老朽化対策 | 原発ゼロ・自然エネルギー100%、脱炭素と脱原発をセットで推進 | ケア労働者賃上げ、解雇規制緩和反対、働く人の生活と権利保護 | – | 地方交付金倍増、地域交通充実、循環型地域経済 | 防災省設置、災害救助隊改編 |
この比較表が示すように、各政党の政策には共通点と相違点が混在しています。ねじれ国会のもとでは、政策の合意形成がより難しくなります。しかし、この状況は同時に、幅広い政党から支持を得られる「共通の基盤」を持つ政策の重要性を高めます。例えば、インフラの老朽化対策や防災・減災対策は、ほとんどの政党が公約に掲げており、比較的安定した需要が見込まれる分野です。これは、近年、災害が激甚化していることや、社会インフラの老朽化が喫緊の課題として認識されているため、政治的な対立を超えて対策の必要性が共有されていることに起因します。
一方で、原子力発電の是非や大規模開発の優先順位など、政党間で意見が大きく分かれる分野については、法案の成立や予算の確保が難航する可能性が高まります。建設企業の皆様は、このような政治情勢を考慮し、事業の構成(ポートフォリオ)を調整し、より広範な合意が得られやすい分野への投資を優先するとともに、政治的に争点となる分野については、より慎重な見極めとリスク管理が求められます。また、特定の政党が重視する政策、例えば国民民主党の原子力活用や参政党の脱炭素政策への異論などは、その政党の発言力が増すことで、関連する建設需要に影響を与える可能性も考慮に入れておく必要がございます。
公共事業・国土強靭化計画の行方
「国土強靭化実施中期計画」への影響と予算確保の課題
「防災・減災、国土強靭化のための5か年加速化対策」は、令和3年度から令和7年度(2021年から2025年)までの5年間で集中的に対策を講じる計画であり、全体で約15兆円規模の事業が見込まれていました。この計画が終了するにあたり、令和6年度補正予算(公共事業関係費1兆4,063億円)と一体となって取り組みを推進し、その後継となる「国土強靭化実施中期計画」の検討を最大限加速させ、早急に策定することとされています。政府は、国土強靭化への継続的な取り組みを強く推進する意向を示しているのです。
しかし、ねじれ国会のもとでは、次の国土強靭化計画の予算規模や具体的な内容が、与野党間の駆け引きに大きく左右される可能性があります。予算関連法案の遅延や廃案のリスクは、計画の策定と実行に直接的な不確実性をもたらします。与党が安定的な予算確保を目指す一方で、野党は公共事業の優先順位や財政規律の観点から、計画の内容や予算規模に修正を求める可能性があるでしょう。
この状況は、国土強靭化の「継続性」と「財源」を巡る綱引きを生じさせます。国土強靭化の必要性自体は、多くの政党が共有する認識であり、その重要性は揺らがないでしょう。しかし、それを実現するための「規模」と「資金の調達方法」が主要な争点となることが予想されます。例えば、れいわ新選組は公共事業の増額を明確に主張する一方、日本共産党は「大規模開発優先から安心・安全の防災・減災、老朽化対策に公共事業の大転換を」と訴えており、単なる予算規模だけでなく、その使い道や優先順位に関する議論が深まることが予想されます。
建設業界にとって、これは国土強靭化に関連する建設需要全体が堅調に推移する可能性が高い一方で、特定のプロジェクトのタイプ、例えば大規模な新規建設か、それとも維持・補修・改修か、あるいは都市部か地方か、といった違いや、資金調達の安定性が変化する可能性があることを意味します。新規の大規模公共事業に大きく依存している企業は、より高い不確実性に直面するかもしれません。一方で、維持・補修や小規模で地域に根ざした防災プロジェクトに特化している企業は、比較的安定したビジネスチャンスを見出す可能性があります。また、財源を巡る議論は、これまでになかった資金調達の仕組みや、防災・減災プロジェクトにおける民間部門の関与拡大を促す可能性も秘めています。
重点分野と地域インフラ投資の展望
各政党の公約を分析すると、防災・減災、そして老朽化対策は共通して重視されている分野であることが明確です。特に、道路の無電柱化、鉄道・港湾施設の耐震・耐津波強化、洪水・土砂災害対策、ライフラインの耐震化などが国土強靭化の重点分野として挙げられています。この広範な合意は、ねじれ国会のもとにおいてもこれらの分野への投資が比較的安定して継続される可能性が高いことを示唆しています。
加えて、地方創生とインフラ整備の連携強化が注目されます。自由民主党の「全国に100ヶ所の企業城下町を展開」という構想や、日本維新の会の「九州広域連携モデルの構築」や「瀬戸内経済圏の構築」といった地域に特化したインフラ整備の提言は、地方における新たな建設需要を創出する可能性を秘めています。これらの構想は、単に既存のインフラを強化するだけでなく、地域経済の活性化を目的とした戦略的な投資を促すものです。
「ねじれ国会」の状況は、皮肉にも「地方分散型」のインフラ投資を加速させる可能性があります。大規模な国家プロジェクトが政治的な膠着状態により承認されにくくなる場合、各政党はより小規模で地域に特化したプロジェクトに焦点を移すかもしれません。これらのプロジェクトは、地方の支持を得やすく、与野党間の合意形成も比較的容易であるためです。デジタル田園都市国家構想の進展も、このような地方重視の傾向を後押しします。この構想は、地方でのデジタルインフラ、例えば光ファイバー網やデータセンターなどの整備、AIオンデマンド交通のような移動手段の確保、そして図書館・博物館、劇場、スポーツ施設といった文化活動や自然との触れ合いを増進する施設の建設を通じて、地方における新たな建設需要を刺激する要因となるのです。
この地方分散型のインフラ投資へのシフトは、地方や地域に根ざした建設企業の皆様にとって大きなビジネスチャンスを生み出します。地方政府のニーズを深く理解し、地域の経済発展の取り組みに積極的に関与できる企業が優位に立つでしょう。また、スマートシティの構成要素、文化施設、グリーンインフラ、地域交通網など、より小規模で高い付加価値を持つ、あるいはコミュニティに焦点を当てたプロジェクトへの専門化が求められます。このような変化に適応し、分散型の意思決定プロセスに対応できる企業が、今後の市場で競争力を維持・向上させると考えられます。
建設業界の構造的課題と政策対応の進展
働き方改革と「2024年問題」の深化
2024年4月1日以降、建設業にも時間外労働の上限規制が原則通り適用され、年間の時間外労働は年960時間に制限されることになりました(災害時における復旧・復興事業を除きます)。これまで猶予されていた規制が適用されたことで、建設現場の工期、コスト、そして労働環境に大きな影響が及んでいます。特に、労働時間を減らしながら、建設資材の原価高騰や人手不足に対応する必要があり、経済活動や皆様の生活にも幅広い影響が見込まれています。
週休2日制の普及も喫緊の課題です。2024年現在、建設業に週休2日制を義務化する法律や罰則はありませんが、国土交通省は普及と定着を強く推進しています。しかし、2020年時点の統計では、建設業で働く人のうち、4週8休を実現できているのは約2割に過ぎず、約4割が4週4休以下で働いており、労働環境の改善はまだ道半ばです。週休2日制の導入は、工期が長引くことによる労務費や重機レンタル費の増加、資金繰りの悪化など、事業者にとっての課題も指摘されています。国土交通省は令和7年3月12日より、工事における週休2日の取得にかかる費用を計上する試行を開始するなど、多様な働き方を支援する取り組みを進めています。
この「2024年問題」と週休2日制の定着は、建設業界の「選別と再編」を加速させる可能性があります。時間外労働の規制強化は、労働コストの増加と工期の延長をもたらし、企業の収益を圧迫します。この影響は、業界内で一律ではありません。DX(デジタルトランスフォーメーション)への投資や、より高度な人事管理、例えば「建設キャリアアップシステム(CCUS)」の活用に十分な資金を持つ大手企業は、変化への適応力が高いでしょう。一方で、新しい技術の導入や人材の確保に使える資源が限られる中小企業は、より厳しい状況に直面する可能性があります。
結果として、労働規制への適応や生産性向上技術の導入に失敗する企業は、財務的に困難に陥るか、市場からの撤退を余儀なくされるかもしれません。これにより、業界内での統合が進み、より適応力のある大手が中小企業の市場シェアを吸収する可能性があります。中小企業の皆様にとっては、政府が提供する「働き方改革推進支援助成金」、「業務改善助成金」、「人材確保等支援助成金」、「人材開発支援助成金」といった各種助成金を積極的に活用し、デジタル変革を進めることが、競争力を維持し、長期的な持続可能性を確保するための急務となります。
深刻化する人手不足への対応
建設業界は、働く人の高齢化と若い世代の不足という深刻な構造的課題を抱えています。建設業で働く人のうち55歳以上が35.5%、29歳以下が12.0%を占めており、技能者の高齢化が明確に進行しています。これは「2025年問題」とも関連する根深い課題であり、解決は容易ではありません。
この人手不足に対応するため、政府は「特定技能制度」の拡充に乗り出しています。2024年度から2028年度までの5年間で、特定技能1号の受け入れ枠を従来の2.4倍、実績値の4倍近くとなる82万人まで拡大する方針です。建設分野は特定技能2号の対象分野であり、熟練した技能を持つ外国人が期限なく日本に在留でき、家族を呼び寄せることも可能となります。また、技能実習制度も見直され、実習期間中に他の企業への転籍が可能となり、実習生を特定技能1号に転換させる道筋が強化され、「育成就労」制度として外国人材を長く確保する方針です。国民民主党、日本維新の会、日本共産党も外国人材の活用に言及しています。
外国人材の受け入れ拡大は、人手不足の緩和に寄与する一方で、その「質」と「定着」が業界の競争力を左右する重要な要素となります。単に数を増やすだけでなく、外国人材の日本語能力の向上、日本の免許への切り替え支援、そして企業側の受け入れ体制の整備が不可欠です。特に、育成就労制度への移行により、実習期間中の転籍が可能となるため、企業は外国人材を単なる労働力としてだけでなく、長期的な戦力として定着させるための努力が求められます。
「建設キャリアアップシステム(CCUS)」の活用促進は、この人材戦略において重要な役割を果たします。CCUSは、建設技能者の就業履歴や保有資格、能力評価を登録・蓄積するシステムであり、技能者の待遇改善やキャリア形成、適正な賃金支払いの実現を目指しています。令和5年度からは民間工事も含め、あらゆる工事でのCCUS活用が完全実施され、「建退共(建設業退職金共済制度)」の掛金充当にもCCUSデータが活用されるようになります。CCUSの普及・活用は、働く人の待遇改善を通じて人材確保に貢献するだけでなく、施工実態の把握・分析による労働生産性向上や事務作業の効率化にも寄与すると期待されています。企業がCCUSを積極的に活用し、外国人材を含めたすべての技能者の能力に応じた適正な賃金を支払い、働きやすい環境を整備することで、優秀な人材の確保と定着を図り、持続的な競争優位性を確立することが可能になります。
資材価格高騰とコスト転嫁の課題
建設業界は、木材、鉄鋼、セメントなどの主要な建設資材の価格が著しく高騰している状況に直面しています。2020年後半から価格上昇が始まり、特に木材は2倍以上に跳ね上がりました。2021年1月と比較して、建設資材全体の物価が16%上昇したとの推計もあり、土木工事では11%、建築工事では20%の上昇が見られます。この高騰の要因としては、金融緩和政策による建設需要の刺激、円安の進行による輸入コストの増加、ウクライナ情勢の緊迫化による原油・天然ガス・金属・石炭などの国際価格高騰が挙げられます。専門家は、短期的には高止まりが予想されるものの、中期的には供給網(サプライチェーン)の改善と需要と供給のバランス調整により、今後2年から3年で価格が落ち着くと予測しています。
建設資材価格の変動リスクは、建設企業の収益性と資金繰り(キャッシュフロー)に直接的な影響を与えます。この課題に対応するため、国土交通省は、資材価格の急激な変動に伴う請負代金額の変更、いわゆる「単品スライド条項」の運用ルールを改定しました。これにより、「実際の購入価格」が物価資料の単価よりも高い場合でも、実際の購入価格を用いて請負代金額を変更することが可能となり、また、購入時期を証明できれば「購入した月の物価資料の単価」を用いることも可能となりました。受注者からの変更請求に基づき、工事材料の価格増加分のうち、対象工事費の1%を超える額は発注者が負担することになります。
政府は、資材価格高騰緊急対策事業として、資材価格の上昇分に対して一定割合の補助金を交付する制度も実施しています。これらの措置は、価格変動リスクの一部を発注者や政府が負担することで、建設企業の負担を軽減することを目的としています。しかし、これらの措置がどれだけ効果を発揮するかは、特に民間の発注者による適切な適用にかかっています。
建設企業は、これらの改善された契約の仕組みや政府の支援策を積極的に活用する必要があります。これには、資材コストや調達プロセスに関する詳細な記録と証明が不可欠です。契約上の解決策に加えて、サプライチェーンの強靭化も喫緊の課題です。具体的には、複数のサプライヤーからの調達、代替資材の検討、長期的な調達契約の締結などを通じて、将来の価格変動リスクを軽減する取り組みが求められます。この状況は、建設企業内における調達および契約管理に関する専門知識の重要性が高まっていることを示唆しており、単に工事を行う能力だけでなく、これらの管理能力が企業の競争力を左右する要素となりつつあります。
リスク管理の強化
- 予算執行の遅延や政策変更のリスクを織り込んだ事業計画の策定が必要です。
- 契約におけるリスクヘッジ条項、例えば「単品スライド条項」の積極的な活用を徹底してください。
- 特に民間発注者との契約においても、資材価格や納期に関する最新の状況を適切に反映させるよう働きかけることが重要です。
DX投資の加速
- 「2024年問題」への対応、人手不足の緩和、生産性向上、そしてデジタル田園都市国家構想がもたらす新たな需要への対応のため、i-Construction、BIM/CIM、AI、IoTなどのDX技術への投資は不可欠です。
- これにより、業務効率化だけでなく、スマートインフラの維持管理やデータ駆動型都市管理といった新たな価値創造を目指すべきです。
人材戦略の多様化と育成
- 高齢化と若年層不足に対応するため、外国人材の積極的かつ計画的な活用、CCUSを通じた技能者の待遇改善とキャリア形成支援、女性や高齢者が働きやすい環境整備が喫緊の課題です。
- 外国人材の定着には、言語・文化適応支援や公正な賃金体系の確立が競争優位性をもたらします。
事業ポートフォリオの見直し
- 安定的な需要が見込まれる老朽化対策、防災・減災分野への注力を継続しつつ、地方創生やデジタルインフラ関連の新たな需要を捉えるための事業開発も重要です。
- 特に、地域に根ざした小規模・中規模プロジェクトへの対応能力を強化することが求められます。
政策提言と連携の強化
- 業界団体を通じて、政治家や行政に対し、建設業界が抱える課題や必要な政策支援を積極的に提言し、安定的な事業環境の構築に貢献していくことが求められます。
- 特に、ねじれ国会のもとでは、与野党双方への働きかけが重要となります。
日本の建設業界は、政治的変動と構造的課題の双方から大きな変革期を迎えています。この不確実性の時代を乗り越え、持続可能な成長を実現するためには、受け身の対応に留まらず、能動的に変化を捉え、技術革新と人材育成に投資し、社会のニーズに応える「強靭な産業」へと自らを変革していく戦略が不可欠です。