
【2025年最新予測】データで読み解く!日本の建設市場の今と未来。注目すべき3つのポイントとは?
はじめに、数字の裏側を旅する準備をしましょう
建設業界を取り巻くニュースを見ていると、「建設投資額が回復し、市場は活況を取り戻しつつある」といった明るい話題を目にすることが多くなりました。確かに、公表されるデータ上の金額は年々増加しており、数字だけを追うと、業界全体が力強く成長しているように感じられるかもしれません。
しかし、現場の最前線に立つ皆様の中には、「受注する工事の金額は大きくなったけれど、以前より利益を出しにくくなった」「人や資材の手配が大変で、忙しいばかりで手応えが薄い」と感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
この「公表される景気の良さ」と「現場のリアルな感覚」との間に生まれるギャップ。これこそが、現在の日本建設市場を正確に理解する上で、最も重要な出発点となります。この記事では、このギャップの正体を、信頼できるデータといくつかの視点から、一つひとつ丁寧に解き明かしていきます。
私たちが今、立っている場所の確認
まずは、私たちの思考のスタート地点を地図のように整理してみましょう。
表面的なニュースから見える景色 | 現場のリアルな感覚から見える景色 |
---|---|
建設投資額は回復、そして増加傾向にある数字の上では、市場に活気が満ちているように見える | 資材も人件費も、あらゆるコストが上昇している受注金額は増えても、利益の確保が以前より難しい |
この二つの景色がなぜ違って見えるのか、その「なぜ」を考えることが、今回の私たちの旅の目的です。
例え話で考えてみましょう「お小遣いとパン屋さんのはなし」
少し専門的な話に入る前に、とてもシンプルな例え話をさせてください。この話が、今の建設市場を理解するための万能な道具になります。
ある子供のお小遣いの状況です
先月の状況 | 今月の状況 |
---|---|
お小遣い 1000円パンの値段 1個100円買えるパンの数 10個 | お小遣い 1200円にアップパンの値段 1個120円に値上がり買えるパンの数 10個のまま |
この例え話からわかる大切なこと
この子供の状況を、建設市場に置き換えて考えてみましょう。
お小遣いの金額(専門用語で「名目値」といいます) 見た目の金額です。1000円から1200円に増えました。これは、建設市場でいう「建設投資額」に似ています。 |
実際に買えるパンの数(専門用語で「実質値」といいます) そのお金で実際にどれだけのモノが手に入るか、という実質的な価値です。パンの数は10個のままで、変わっていません。これは建設市場でいう「実際の工事量」に相当します。 |
お小遣いの「金額」は増えたのに、買えるパンの「数」が増えていないなら、この子どもの暮らしは豊かになったとは言えません。これと全く同じことが、今の建設市場で起きています。見た目の投資「金額」は増えていますが、実際に建てられる建物の「量」は、それほど増えていない可能性があるのです。この「名目」と「実質」という二つの物差しを使い分けることが、市場の本当の姿を見るための第一歩となります。
法律という、見えない土台の存在
さらに、私たちがビジネスを行う建設市場は、ただ自然にできあがったものではありません。その下には、国の方針や社会の要請を反映した「法律」という、強固な土台が存在します。特に、国や地方自治体が行う公共事業は、この法律に基づいて計画されています。
なぜ国は建設に投資するのでしょうか
それは、国民の生命や財産を守り、より安全で快適な生活を実現するという、国としての重要な役割があるからです。その役割を果たすためのルールが法律です。
国土強靱化基本法(平成二十五年法律第九十五号)この法律は、大規模な自然災害が起きても、最悪の事態を回避し、迅速に復旧できる「強くてしなやかな国」を作ることを目的としています。この法律があるからこそ、国は長期的な計画に基づいて、道路や堤防、避難施設などのインフラ整備に継続して投資を行うのです。この後の章で触れる公共投資の安定性は、この法律によって支えられています。 |
建築基準法(昭和二十五年法律第二百一号)これは、私たちが毎日利用する建物の安全性や衛生環境などを確保するための、最低限のルールを定めた法律です。例えば、過去の大地震を教訓に耐震基準が厳しく改正されると、既存の建物にも「耐震改修」という新たな需要が生まれます。このように、法律の改正が市場の新たな動きを生み出すきっかけにもなります。 |
これから先の章で、具体的な市場のデータや分野別の動向を詳しく見ていきます。その際に、ぜひ頭の片隅で「これは名目の話か、実質の話か」「この動きの背景には、どんな社会的な要請や法律があるのか」という視点を持ってみてください。そうすることで、単なる数字の羅列が、意味のある未来予測の材料に変わっていくはずです。
第1章 数字で振り返る、日本の建設市場の歩み
「はじめに」の章では、「見た目の数字」と「現場の感覚」のギャップについて触れ、その謎を解く鍵として「名目」と「実質」という考え方をご紹介しました。
それでは、まず私たちの現在地をより深く理解するために、建設市場がこれまでどのような道を歩んできたのか、過去から現在までの大きな流れを数字と共に見ていきましょう。今の市場を形作っている歴史的な背景を知ることで、今後の動向を予測する上での確かな土台を築くことができます。
栄光と試練、ジェットコースターのような軌跡
日本の建設市場の歴史は、まさにジェットコースターのような軌跡を辿ってきました。大きな山と深い谷を経験してきたのです。
バブル期の頂点、1992年度
日本の建設投資額が歴史的なピークに達したのは、1992年度のことでした。その額は、今でも伝説的に語られることがある約84兆円です。当時は、数多くの大規模プロジェクトが日本中で進められ、業界全体が大きな活気に満ちていました。
長いトンネル、2010年度の底
しかし、その栄光の時代は長くは続きませんでした。バブル経済の崩壊後、市場は長期的な縮小傾向に入ります。公共事業の削減や民間の設備投資の冷え込みが続き、2010年度には、建設投資額はピーク時の約半分である約42兆円にまで落ち込みました。まさに、長く暗いトンネルの時代でした。
転換点、そして回復への道筋
市場が底を打ち、再び上向き始めるきっかけとなったのは、2011年の出来事でした。
2011年という年、東日本大震災からの復興
2011年3月に発生した東日本大震災は、甚大な被害をもたらしましたが、同時に、被災地の復旧・復興に向けた莫大な建設需要を生み出しました。この復興需要が、長く縮小を続けてきた市場を下支えし、回復への大きな転換点となったのです。
近年の安定した回復基調
復興需要をきっかけに上向いた市場は、その後、政府による経済政策や、民間企業の堅調な設備投資意欲にも支えられ、着実に回復基調を歩んできました。
データで見る、近年の市場規模の推移
ここで、近年の建設投資額がどのように推移してきたか、そして今後どのように予測されているかを、具体的なデータで確認してみましょう。この「見た目の数字」の力強い動きを、まずは客観的な事実として捉えることが重要です。
対象年度 | 建設投資額(名目値) | 前年度からの成長率(名目値) | 備考 |
---|---|---|---|
2021年度(実績見込) | 約58.4兆円 | – | コロナ禍からの回復が始まる |
2022年度(実績見込) | 約68.8兆円 | 約1.5%増 | 民間投資などが回復 |
2023年度(見通し) | 約70.3兆円 | 約2.2%増 | 堅調な推移が続く |
2024年度(見通し) | 約74.2兆円 | 約4.3%増 | さらなる市場拡大が見込まれる |
2025年度(見通し) | 約75.6兆円 | 約1.9%増 | 成長は続く見通し |
(注)各機関の公表データを基に作成。予測値は時点により変動します。
ご覧の通り、建設投資額、つまり市場全体の「金額」は、力強く右肩上がりに成長していることがわかります。このデータだけを見れば、建設市場の未来は明るいように感じられます。
しかし、「はじめに」の例え話、「お小遣いは増えたけれど、パンの値段も上がった」ことを思い出してください。この力強い金額の成長は、本当に私たちのビジネスの成長を意味するのでしょうか。次の章では、いよいよこの数字の裏側に隠された、市場のもう一つの顔、「実質的な成長」の問題に深く切り込んでいきます。
第2章 【最重要ポイント①】2025年予測に見る「名目成長」と「実質成長」のワナ
第1章では、日本の建設投資額が右肩上がりに回復しているという、力強い「見た目の数字」を確認しました。データは、市場が活気を取り戻していることを示しているように見えました。
しかし、ここで「はじめに」でご紹介した「お小遣いとパン屋さん」の話を思い出してください。お小遣いの「金額」が増えても、パンの値段がそれ以上に上がってしまえば、買えるパンの「数」は増えません。この考え方が、今の建設市場を正確に読み解くための鍵となります。
建設市場における「名目」と「実質」
この「金額」と「数」の違いを、建設市場の言葉に置き換えてみましょう。
名目建設投資額 | 見た目の工事契約金額の総額です。資材費や人件費といった、物価の上昇(インフレ)の影響をそのまま含んだ金額を指します。いわば、お小遣いの「金額」そのものです。 |
---|---|
実質建設投資額 | 物価変動の影響を取り除いた、建設工事の「実質的な量」です。去年と同じ1億円の予算でも、資材価格が2割上がれば、建てられる建物の規模は小さくなります。その物価上昇の影響を差し引いて、「実際にどれだけのモノが作られたか」を示したものが実質値です。買えるパンの「数」にあたります。 |
衝撃のデータ、名目と実質の大きな乖離
それでは、この二つの物差しで、2025年度の市場予測を見てみましょう。ここに、現在の建設市場が直面する大きな課題がはっきりと表れています。
2025年度 建設投資額の成長率予測
指標 | 予測される成長率 |
---|---|
名目成長率(金額の伸び) | プラス 1.9% |
実質成長率(工事量の伸び) | プラス 0.2% |
(注)建設経済研究所、経済調査会の2025年1月時点の推計を基に作成。
この数字が意味するのは、非常に重要です。市場全体の規模が金額ベースで1.9%成長するように見えても、その成長分のほとんどは物価上昇によるもので、実際の工事の「量」は0.2%と、ほぼ横ばいにとどまる、ということです。見かけの成長と、実態との間には、実に1.7%もの大きな乖離(ギャップ)が存在しているのです。
なぜ、このような乖離(ギャップ)が起きるのか
このギャップを生み出している主な原因は、皆様が日々現場で実感されている、深刻なコスト上昇です。
原因1、資材価格の高騰
数年前に起きたウッドショックやアイアンショック(鋼材価格の高騰)に加え、世界的な建設需要の増加や円安の進行により、輸入に頼る多くの建材価格が上昇を続けています。
原因2、労務費の上昇
建設業界の長年の課題である人手不足は、ますます深刻化しています。さらに、2024年4月から建設業にも時間外労働の上限規制が適用された「2024年問題」への対応として、労働環境の改善や賃金の引き上げが不可欠となり、人件費は上昇傾向にあります。
原因3、エネルギー価格の上昇
工事車両や重機を動かすための燃料費、また資材を生産する工場の電気代など、あらゆる活動に不可欠なエネルギーの価格も高止まりしており、建設コスト全体を押し上げています。
これが建設業界にとっての「ワナ」である理由
この「名目と実質の乖離」は、建設会社の経営にとって見過ごすことのできない「ワナ」となり得ます。
例えば、「受注額(売上)は去年より10%も伸びたから、事業は順調だ」と考えてしまうと、危険な場合があります。もし、その間に資材や人件費のコストが12%上昇していたら、どうなるでしょうか。受注額は増えても、利益はむしろ減少してしまいます。これが、いわゆる「増収減益」の状態です。
見た目の売上(名目)の成長だけに目を奪われていると、会社の体力が実質的に削られていることを見逃してしまう。これこそが、現在の市場に潜む最大のワナなのです。
では、このような厳しいコスト環境の中で、私たちはどこに活路を見出し、実質的な成長を追求していけば良いのでしょうか。次の章では、お金が「どこから」来て「どこへ」流れているのか、つまり、公共と民間、住宅と非住宅といった、より具体的な分野別の動向に光を当て、今後の有望な市場はどこなのかを探っていきます。
第3章 【最重要ポイント②】市場の牽引役はどこ?投資分野別の最新動向
第2章では、建設市場全体がコスト上昇という大きな課題に直面していることを確認しました。見た目の売上成長だけを追うことの危険性もご理解いただけたかと思います。
では、このような厳しい状況の中でも、比較的追い風が吹いているのはどの分野なのでしょうか。市場を「お金の流れ」で分解し、どこに活路があるのかを探っていきましょう。闇雲に進むのではなく、お金が集まる場所を見極めることが、これからの事業戦略の鍵となります。
大きな地図、政府(公共)投資と民間投資
まず、建設市場という広大な地図を、大きく二つのエリアに分けて見てみましょう。「国や地方自治体」がお金を出す政府投資(公共事業)と、「企業や個人」がお金を出す民間投資です。
政府投資(公共) | 民間投資 | |
---|---|---|
2024年度の規模(予測) | 約26兆円 | 約47兆円 |
市場に占める割合 | 約35% | 約65% |
主な工事の種類 | 道路、橋、ダム、上下水道などの「土木」工事が中心です。 | 住宅、工場、オフィス、店舗などの「建築」工事が中心です。 |
特徴 | 国の政策に連動するため、景気変動の影響を受けにくい安定した需要が見込めます。 | 企業の業績や個人の消費マインドなど、景気の動向に直接影響を受けやすい性質があります。 |
この地図から、市場全体の約3分の2は民間投資が占める、巨大でダイナミックなエリアであることがわかります。一方で、政府投資も約3分の1を占める巨大なエリアであり、景気に左右されにくい「安定した市場」を形成していることが重要なポイントです。
今、市場を引っ張っているのは誰か
それでは、この大きな二つのエリアを、さらに詳しく見ていきましょう。現在、市場の成長を力強く牽引している分野と、少し元気のない分野がはっきりと分かれています。
牽引役1、企業の旺盛な投資意欲が支える「民間非住宅建設」
現在の建設市場で、最も力強い成長エンジンとなっているのが、この分野です。「非住宅」とは、住宅以外の建物、つまり工場、オフィスビル、店舗、倉庫、ホテルなどを指します。
企業の「未来への投資意欲」が、この分野の需要を支えています。例えば、半導体関連工場の新設や、人手不足を解消するための生産性向上を目的とした工場の建て替え、都市部の再開発プロジェクト、そして増え続けるデータを処理するためのデータセンター建設などが活発です。企業の競争力強化に向けた動きが、そのまま建設需要に繋がっているのです。
ただし、注意点もあります。これまで非常に好調だったインターネット通販向けの倉庫や物流施設については、一部の地域で供給が需要を上回りつつあり、今後の伸びは少し鈍化する可能性も指摘されています。
牽引役2、国の強い意志が支える「政府投資(公共事業)」
次に、市場全体を安定的に下支えしているのが政府投資、特に土木工事を中心とした公共事業です。
この安定性の背景には、「防災・減災、国土強靱化」という国の明確な方針があります。近年、激甚化する自然災害から国民の生命と財産を守るため、そして高度経済成長期に作られたインフラ(道路、橋、トンネル、上下水道など)の老朽化対策は、待ったなしの課題です。
そのため、政府は法律(国土強靱化基本法など)に基づき、計画的に予算を投じ続けています。この分野は、民間経済の浮き沈みの影響を受けにくく、建設会社にとっては、長期的に見通しを立てやすい、非常に重要な市場と言えます。
逆風に耐える「住宅投資」
一方で、現在、厳しい状況に置かれているのが住宅投資の分野です。
第2章で見たコスト上昇の問題が、この分野を直撃しています。資材や人件費の高騰で住宅の建築コストは上がり続けていますが、住宅を購入する個人の所得はすぐには増えません。また、将来的な金利上昇への不安も、購入マインドを冷やす一因となっています。
結果として、新しく建てられる住宅の数(新設住宅着工戸数)は、低い水準で推移しており、市場の成長を牽引する力は弱い状況です。
ここまで見てきたように、同じ建設市場の中でも、新設住宅のように逆風が強い分野と、非住宅建設や公共事業のように比較的追い風が吹いている分野があることが、お分かりいただけたかと思います。
では、これら「新しく建てる」という視点以外に、これからの大きなチャンスはないのでしょうか。実は、もう一つ、非常に重要で、かつ景気の波に左右されにくい、巨大な成長市場が存在します。次の章では、その「隠れた主役」ともいえる分野に光を当てていきます。
第4章 【最重要ポイント③】今後の大きなチャンス!「建築補修・改修」市場の重要性
第3章では、市場の中で比較的追い風が吹いている分野として「民間非住宅建設」と「政府投資(公共事業)」を、一方で逆風に耐えている分野として「住宅投資」を見てきました。
しかし、これらは主に「新しく建物を建てる(新設)」という視点での話でした。前章の最後に、「隠れた主役がいる」と述べたのを覚えていますでしょうか。その主役とは、「新しく建てる」のではなく、「今あるものを活かす」市場、すなわち「建築補修・改修」市場です。
スクラップ&ビルドから、ストック活用の時代へ
日本の建設業界は、長らく「スクラップ&ビルド(壊しては建てる)」を繰り返すことで成長してきました。しかし、社会が成熟し、環境への配慮が求められる今、その価値観は大きく変化しています。
これからは、すでにある膨大な数の建物(建築ストック)を、大切な社会資本として維持し(メンテナンス)、修繕し(リペア)、そして新たな価値を加えて使い続けていく(リノベーション)、「ストック活用」が、社会全体の大きな潮流となります。この流れこそが、今後の建設業界における最大のビジネスチャンスの一つなのです。
「補修・改修」はニッチではない、巨大な主要市場
「補修・改修」と聞くと、住宅リフォームのような比較的小規模な工事をイメージされるかもしれません。しかし、その市場規模は私たちの想像をはるかに超えています。
市場の名称 | 建築補修・改修投資 |
---|---|
2024年度の市場規模(予測) | 約15.1兆円 |
建築投資全体に占める割合 | 約32% (およそ3分の1) |
(注)建設物価調査会の見通しを基に作成。
ご覧のように、補修・改修市場は15兆円を超える巨大なマーケットであり、建築投資全体の約3分の1を占めています。これはもはやニッチな市場ではなく、新設市場と並ぶ、建設業界の太い柱の一つなのです。
なぜ今、「補修・改修」市場が伸びているのか
この巨大市場は、一過性のブームではなく、複数の強力な要因に支えられて、今後も安定的な成長が見込まれています。
理由1、避けては通れない「建物の高齢化」
日本が高度経済成長期に建設した、数多くのビル、マンション、工場、そして学校や役所などの公共施設が、一斉に築後数十年という「高齢期」を迎えています。これらの建物を安全に使い続けるためには、定期的なメンテナンスや大規模な修繕が不可欠です。これは、今後も減ることのない、構造的な需要と言えます。
理由2、国の強力な後押し「省エネ・脱炭素への挑戦」
2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)達成という国の目標が、この市場にとって強力な追い風になっています。既存の建物の断熱性能を高めたり、古い空調や照明を高効率なものに交換したりする「省エネ改修」は、脱炭素社会を実現するための切り札の一つです。国も多額の補助金を用意してこの動きを後押ししており、建物のオーナーにとっても、企業にとっても、大きなビジネスチャンスが生まれています。
理由3、高まる安全への意識「防災・耐震化の要請」
地震や豪雨など、頻発し激甚化する自然災害から生命や事業を守るため、建物の安全性を高めたいというニーズは年々高まっています。特に、旧耐震基準で建てられた建物の耐震補強工事は、法律の観点からも、企業の事業継続計画(BCP)の観点からも、重要な課題であり、安定した需要が見込めます。
理由4、経済活動の回復が促す「機能のアップデート」
経済や社会の変化に対応するための改修需要も活発です。例えば、コロナ禍を経て回復したインバウンド(訪日外国人観光客)需要を取り込むためのホテルや商業施設のリニューアル。また、多様な働き方に対応するためのオフィスの改装など、時代のニーズに合わせて建物の「機能」をアップデートしていく動きが、新たな工事を生み出しています。
ここまで3つの重要ポイントを見てきました。市場はコスト高という課題に直面している一方で(ポイント①)、その中でも非住宅や公共事業は堅調に推移し(ポイント②)、さらに「補修・改修」という巨大な成長市場が存在している(ポイント③)ことが分かりました。
では、これらの市場動向を踏まえ、私たちは明日から何を考え、どう行動すればよいのでしょうか。最終章となる「まとめ」では、これまでの分析を総括し、変化の時代を勝ち抜くための具体的な戦略の方向性について考えていきます。
まとめ、変化の時代を勝ち抜くために、今考えるべきこと
ここまで、日本の建設市場の現状と未来について、長い旅にお付き合いいただき、ありがとうございました。「はじめに」で提示した、「見た目の数字」と「現場の感覚」のギャップという疑問から出発し、3つの重要なポイントを軸に市場を解き明かしてきました。
最後に、これまでの議論を整理し、私たちがこの変化の時代を勝ち抜くために、今、何を考え、どのように行動していくべきかの指針を共有します。
本記事で解き明かした「3つの重要ポイント」の再確認
まず、このブログ記事全体でお伝えしてきた、市場を読み解くための3つの羅針盤を振り返りましょう。
ポイント1 | 「名目」と「実質」のワナを見抜くこと。見た目の売上(名目)の成長に惑わされず、深刻なコスト上昇を吸収できるだけの利益(実質)を確保する経営への転換が不可欠です。 |
---|---|
ポイント2 | お金の流れる先、「市場の牽引役」を知ること。好調な「民間非住宅」や安定した「公共事業」と、厳しい「新設住宅」という市場構造の変化を正確に捉え、自社の立ち位置を見極めることが重要です。 |
ポイント3 | 巨大な成長市場、「補修・改修」に注目すること。「新設」から「ストック活用」へという時代の大きな転換点は、避けるべきリスクではなく、積極的に掴むべき未来への大きなチャンスです。 |
明日へ向けた3つの戦略的視点
これらのポイントを踏まえると、今後の戦略を考える上で、以下の3つの視点が非常に重要になります。
視点1、事業ポートフォリオの最適化
自社の強みは、変化する市場のどのエリアで最も活かせるでしょうか。もし、新設住宅など特定の分野への依存度が高いのであれば、事業のリスクを分散させるためにも、成長分野である非住宅建設や、安定分野である公共事業、そして巨大なストック市場である補修・改修分野への展開を、真剣に検討する時期に来ています。どの分野で、誰を相手に、何を提供するのか。事業の組み合わせ(ポートフォリオ)を再構築することが求められます。
視点2、コスト上昇を乗り越える「付加価値」の創造
コスト上昇が避けられない以上、もはや「安さ」を武器にした価格競争には限界があります。これからは、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進による徹底した生産性向上はもちろんのこと、お客様が持つ課題、例えば「脱炭素化に貢献したい」「災害に強い事業所にしたい」といったニーズに応える提案力が不可欠です。適切な価格転嫁を実現するためにも、他社にはない独自の「付加価値」をどう生み出すか、そのための知恵が問われています。
視点3、専門性と技術力の深化
特に成長分野である補修・改修市場では、新設工事とは異なる専門性が求められます。既存の建物の状態を正確に診断する技術、省エネ性能を計算し効果をシミュレーションする知識、そして複雑な状況下で最適な工法を選択できるノウハウなどです。こうした高度な専門知識を持つ人材を育成し、技術力を深化させることが、これからの企業の競争力を直接左右することになるでしょう。
日本の建設市場は、間違いなく大きな変化の渦中にあります。しかし、変化は常に新たな機会を生み出すものでもあります。今回見てきたような市場の構造変化を正しく理解し、自社の針路を戦略的に定めることで、この厳しいながらもチャンスに満ちた時代を、力強く航海していくことができるのではないでしょうか。